Just Keep Smiling - 1/2
清々しい朝の空気。時間にはまだまだ余裕があるはずなのに、こんな風に公園沿いを散歩しているのは、緊張しているから。 その証拠に、手だけが温度を失ったように冷たいのが自分でも分かる。深く呼吸をすれば、白い息が漏れた。
『これでダメだったら、きっともう諦めるしかない、…よね』
そんな風に呟いて、ふと涙が出そうになる。1秒ごと、1歩ごとに進んでいく、今日の決戦の場。 両親を含め、多くの人の反対を押し切ってまで挑戦し、自分の理想をカタチにするために、ずっと必死にやってきた。今日はそのラスト・チャンスであり、運命が決まる日でもある。 それなのに、こんなにもナーバスになっているなんて、良いことじゃない。今更だけど、“1人”ということがこんなにも心細いものだなんて、私は知らなかったのだ。
「あー!いたぁ〜!」
『…?!…』
「良かったぁ〜、間に合って…」
『…翔?』
でも、涙で瞳がいっぱいになりそうになった瞬間、少し遠くから聞こえてきた声に、慌てて手で頬を隠す。 振り返れば幼なじみの翔が、こちらに向かって走って来ていた。着ているダッフルコートが揺れている。
『…ど、どうしたの?翔。なんで…、』
「や、家に行ったら、“もう出た”っておばさんに言われてさ…。危ねー。これ、無駄になるとこだった」
そう言いながら、コートのポケットから何かを探る。 そして差し出されたのは、これまでの人生、何度も見たことがあるお守りだ。
「はい。…今日でしょ?“大事な日”…」
『う、ん…』
こういう日に、こういうことをするのが翔らしい。小さい頃から何かある度に、分かりやすすぎる応援の仕方をする。 今まではそれだけで元気づけられたし、直面していることも、今ほどシリアスなものじゃなかった。でも今は、2人の取り巻く環境が違いすぎる。
私と翔じゃ、気持ちを共有出来るとは思えない。
『……ムカツク』
「は?」
渡されたお守りに、適した返しとは思えない否定的な言葉。 予想外の言葉にびっくりして、翔の大きな目がより一層大きくなる。
「は?何、ムカツクって。どういう意味?」
『別に…。ただ、なんか同情されてるみたいで、ちょっと気分悪いっていうか…』
「同情?俺がお前のことを?何言って…」
『いいよね、翔は…。将来は決まったも同然だし、みんなも期待してる。…なんか余裕って感じで、見ててムカツク…』
こんな風に朝早く、私のためだけに走って来てくれたことも、私のためだけにわざわざお守りを用意してくれたことも。ありがたいけど、同時に凄く複雑で。 頭が良いくせに、それを察してくれない、分かってくれない翔に、なんだかイラっとした。
こんなの、八つ当たりでしかないと分かっていても。
「…なんだよ、それ」
『…!…』
「そう言われると、すげー心外なんだけど。まるで、俺が努力してねーみたいじゃん。俺だって、自分なりに頑張ってここまで来たんだけど」
ほんの少しの間に続いた、強めの口調に咎めるような瞳。それを見て、ようやく自分が酷いことを言ってしまったんだと気付いた。 いくら気心が知れた同士でも、こんなことは許されない。“ナーバスになっているから”だなんて、ただの言い訳だ。
『あ、…っ、ごめん…。せっかく来てくれたのに、私ってサイテー…』
「はぁ…。緊張してさ、余裕が無くなるのは分かるけど、ほどほどにしとけよ…。相手が俺じゃなかったら、友達失くしてるところだぞ?マジで」
『うん。ほんと、ごめん…』
翔は幼なじみで歳も一緒なのに、いつもどこか年上で、たしなめるような言い方をする。でも、1人っ子の私にとっては、それが心地良くもあった。 そのことを思い出したからか、私達らしい、本来の関係がようやく姿を見せる。
『…なんか、今更だけど怖くて。自分の選択が間違ってたんじゃないか…、って』
「間違ってる…?」
『だって、みんな思ってるでしょ?私になんか出来っこないって。…だから期待もしないし、っていうか、諦めてる…』
「………」
朝から続く、ピンと張ったままの糸が切れて、耐えていたはずの涙が零れ落ちる。 “1人”ということが、再び心にずしんと大きくのしかかった。
叶えたい夢がある。子供の頃から密かに温めてきた、私だけの夢。でも、手に掴むには大きすぎる、私の夢。 自分の身の丈に合った道を選ぶべきだ、って何度も言われた。その度に反発して、どうにかここまで来れたけど、きっと他の人から見たら、バカみたいなんだろうとも思う。 無意味な挑戦に時間を無駄にしてる、きっと、そう思われてるに違いない。
「でも、お前は諦めてないんでしょ?」
『え…』
涙が溢れて止まらなくなってきた瞬間、沈黙を破るように、翔の声が耳に響く。 顔を上げてみれば、厳しい表情。でも、怒っているようではなかった。
「…今まで、何言われてきたかは知らないけどさ…。それを全部信じ込むなよ…!」
『翔…?』
「っ、確かに限界はあるよ。自分の能力にも、運にも。でも、他人が思い込んでる現実にだって限界はあるだろ?!お前はお前のゴールに飛び込んで行けばいいんだから、どんな気分になったって、自分を信じることだけはやめるなよ…」
『…っ、…!…』
「…いつも思い通りに行くわけじゃないのは俺だって分かってるよ。でも、自分を信じてなかったら、どんな道に行こうと、進む意味がないだろ?お前は夢をカタチに出来る力を持ってるんだから、それを大事にするべきじゃねーの?」
『…!…』
「少なくとも、俺は信じてるよ?お前なら夢を叶えられる、って。…だろ?」
翔の真剣な言葉に、私を信じてくれる言葉に。涙を流したまま、逆に私は言葉を発せなくなってしまう。でも、どうにか想いを伝えたくて、必死で首を縦に振った。 そして、子供の頃から続く、優しい言葉を噛み締める。
いつだって、私の夢を笑わないで応援してくれたのは翔だった。みんなが無理だと思っていても、絶対に翔だけは信じていてくれた。 不安になって歩みを止めてしまうことが多い私にとって、それがどれだけ励みになってきたか。数えれば、きっとキリがない。
「お前になれないものなんて無いよ。…だから、持てる力全部出して、見返してやれって」
『っ、うん…!』
そう言って、まるで自分の妹と接するように、笑顔で頭をポンと叩く。
笑っていられるのは、自分を信じているから。自分を信じているから、翔の言葉に揺らぎはない。 それが、どれだけ大切なことか分かっている翔は、やっぱり私よりも大人だ。
『頑張るから…!』
「うん」
『…絶対に!』
「おう」
さっきまで抱いていた感情は、いつの間にか綺麗に無くなっていた。その代わりに残ったのは、“自分を信じる力”。 涙は流れたままだけど、笑ってこう言えるのは、もう迷いはないからだ。だって、翔がパワーを分けてくれた。
『…行ってきます』
「行ってらっしゃい」
呼吸を整え、背中を向けて歩き出す。でも、5メートルほど離れたところで、あることを思い出して立ち止まった。 振り返ると、少し遠くなった翔も同じように気付いたらしく、2人で笑い合う。 それを見て、気持ちを共有出来ないなんて、どうして思うことが出来たんだろう、と思った。こんなにも、通じ合っているのに。
「『…いつも笑顔で!』」
――― “バイバイ”や“またね”の代わりに、私達が使う言葉。
いつだって、ここから始められる気がするから、と始まったものだった。 そしてその通りに、また一歩を踏み出せる時が来ている。嬉しいことに。
「頑張れ」
再び笑顔で歩き出した私に、そんな声が聞こえたような気がした。 夢が叶う瞬間は、きっともう近くまで来てる。
あと、少しだ。
Just Keep Smiling.
(笑顔で前に進んで!笑顔で全部振り払っちゃえ!)
End.
→ あとがき
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