Anytime, Anywhere - 1/2


『もうやだ…。家に帰りたくない…』



賑やかなファミレスの店内で、小さく、そう呟いた。テーブルの上には幾つかのコーヒーカップとグラス。それに、ペンとノートにプリント。
必要な道具は全て揃っていて、2時間もここにいるのに、この手は一向に動き出さない。いや。動き出せない、のだ。


いつからだっけ?こんな風になったのは。
どんどん変わっていく、周囲の状況。友達が将来のために行動し、一歩進み始めている今、私だけはその流れに乗れないでいる。
家に帰れば両親からはプレッシャーをかけられて、怒鳴り声が響く度に、モチベーションはまた下がっていっていた。



『…なんなのよ、みんなして…。何もしてないわけじゃ、ないっつーの…』



失われた自信もやる気も、取り戻すのは難しい。だから、こうして頬杖を突いて、手も動かさずに窓の外を眺めていたりするのだ。
けど、開きっぱなしのケータイは20時を過ぎたことを教えていたし、雪も降ってきている。いい加減に帰らないと、また親に遊び歩いてばっかり、と文句を言われるだろう。
なのに、どうにも動き出せない私は、ただただ、ため息を吐くだけ。


でも、その瞬間、窓の外に見慣れた笑顔を見つけて、憂鬱な気分が吹き飛んだ。
向かいの歩道から、コンビニの袋を提げた友達の雅紀が歩いてくるのが見える。



『ふふ…。呑気だなぁ、相変わらず…』



1人でいるはずなのに笑顔で歩く雅紀は、なんだか不思議だ。それを見て笑っていると、あっちも私に気付いたのか、その笑顔がより弾けたような気がした。
そして、私のいる窓のそばまで来て、“そっちに行ってもイイ?”と口をパクパクさせたので、“どうぞ”と言ってあげる。
しばらくすると、店員さんの出迎えの挨拶と共に、雅紀の独特な笑い声が響いた。



「ひゃー!超偶然!何やってんの〜?あ、俺もドリンクバー頼もうかな。ひゃひゃ!」



周りのお客さんが注目するぐらいテンションの高い雅紀に、思わず本気で笑ってしまう。
でも、広げていた道具を片付けながら席を勧めると、その笑顔が一瞬曇った。



「あ…。もしかして、それって…。ごめんね?もしかして、邪魔しちゃった?俺」

『…!…』



常にテンションが高いイメージのある雅紀だけど、こういう部分も、正に“雅紀”だった。相変わらずの気遣いぶりは周りが見えすぎている証拠で、それは、時々可哀想になるほど。
だから、途端に不安な色に変わった瞳を見て、安心させる為に笑って言ってあげる。



『ふふ…。そんなことないよ。どうせ何もしてなかったし。邪魔なんかじゃないから、気にしないで』

「そ?なら、良かったぁ〜。ひゃひゃ」

『うん』

「でも、何もしてないって、なんで?」



何気ない雅紀の一言に、ほんの少し動揺してしまう。
悪気があって訊いているわけじゃないのは分かっているのにこんな風になるのは、自分も“これじゃダメだ”と気付いているからだ。



『ああ…。うん、…なんか、やる気出なくて。…だから、ここで時間潰してたっていうか。それだけ』

「ふーん。そっか〜」

『う、ん…』



こうやって口に出してしまうと、自分がただ逃げているだけのような気がして、自己嫌悪に陥りそうになる。しかも、それを雅紀のようにキラキラした瞳を持つ人に言うんだから、尚更のこと。
でも本人は気にすることなく、ドリンクバーを注文して、ドリンクを取りに席を立った。



その隙にケータイを確認すると、この短時間の間に親からのメールが2通ほど送られていることに気付く。
思わず、ため息をまた吐いた。



「どーかしたの?ため息なんて吐いちゃってさ〜」

『…!…、雅紀…』



さっきまで外を歩いていたくせに、冷たいドリンクを選んで戻ってくると、私の様子を見て不思議そうに笑う。
再び襲ってきた憂鬱な気分とは対照的な、曇りの無い笑顔だ。



『…なんか、色々と嫌になってきちゃって…』

「嫌?」

『うん。…心配してくれてるのは分かるし、私のためだとは思うんだけどさ…。こうも口うるさく言われると、嫌気が差すって言うか…』



つい、出てしまった両親への愚痴。
でも、“あ〜。親のこと?分かるそれ!”と予想外に乗ってくれたのが嬉しくなって、会話はより弾んでいく。



「なんていうか、しつこく何度も同じこと言うよね、親って。“もー、分かったって!母ちゃん!”みたいな。ひゃひゃひゃ!」

『そうそう!周りの友達がちゃんとしてるから、比較されて、余計に怒られるし…』

「うんうん。俺も、よく言われるよ?」

『そう言われる度に、やる気が無くなっていくの分かってないんだもん…。本当にムカツク…』



最近は事あるごとに、これからの将来について、うんざりするほど話をされる。おかげで、会話をする時は空気を読むようになった。
でも、地雷を避けて通ることが出来ない時は絶対にあって、最終的には軽いケンカにまでなったりする。

そして生まれるのは、親に対する不信感だけ、だ。



『…信用されてないのかなぁ?私、頑張ってるつもりなんだけど。…なんか、まるで親すらも敵みたいで、すっごい孤独感…』

「え?」



雅紀が同調してくれたのが嬉しくて、イライラしていた気分は少し薄らいだけど、家に帰れば、きっと元通り。
現に、また親からのメールの受信を知らせた着信音が、2人の間に響いた。それを確認して、この雪の中、より帰るのが億劫になる。



でも瞬間、窓の外を見ながら、無意識に呟やいた私の言葉に、雅紀が強く反応した。
こっちが怯んでしまうぐらいの、真剣な瞳と共に。



「それは違うよ」

『…え?』

「それは違うよ、絶対に。敵なワケないじゃん。…ダメだよ、そんなこと言っちゃ」

『雅紀…?』



いつものおちゃらけた雰囲気とは違い、諭すように私を見る。
少し傷ついたような表情は、今更ながら、“言ってはいけないことを言ったんだな”と無理なく気付かせた。



「だってさ?…なんだかんだ言って協力してくれてるじゃん、色々と」

『う、ん…』

「それに、さっき言ってたでしょ?“心配してくれてるんだろうけど”って。本当にそうなんだよ、きっと。心配し過ぎて、つい声を荒げちゃうぐらいに。なんていうの?愛情の裏返し、みたいな」

『………』

「…親も、俺たちみたいに不器用な子供持つと、苦労が絶えないんだろーね!言葉選んでる暇なんて無いんじゃない?ひゃひゃ。たぶん、俺たちと同じくらい、余裕ないよ?あれ!ふふふふ」

『っ、ふふ…』



最後には冗談交じりに笑顔でフォローをする。
その落差に思わず私も笑ってしまうけど、雅紀らしい考え方に、密かに自分の両親に対しての在り方を反省していた。



厳しく接するのも、口うるさくするのも。頭では自分のためだと分かっているのに、つい反発したくなって、ケンカを吹っかけてしまう。
もしかしたら、知らないうちに傷つけてしまっていたかもしれない事実に、なんだか悲しくなった。きっと、さっきの雅紀も、こんな気持ちだったのだろう。


すると、そんな私を見兼ねて、雅紀が笑顔でこう続ける。



「…“敵”じゃないよ。“味方”。…どんな時も、どんな場所にいても、絶対に味方でいてくれて、心から俺たちの幸せを願ってくれてる」

『うん…』

「今はお互い、目前に迫ってる挑戦に相手を気遣うのも忘れちゃってるけどさ、やっぱり根っこにあるのはそれだと思うよ?だって、絶対に一番喜ぶのも家族だからね!自分たち以上に!ひゃひゃ!」

『ふふふ!…確かに、ね』



今度は2人で、一緒に笑い合う。そして、やっと分かった。雅紀がいつも笑顔でいられる理由が。
きっと、与えられている愛に、愛が溢れていることに、きちんと気付いているのだ。雅紀は。


だから、笑顔でいられるし、その愛を周りにも与えられる。こういう状況の中で、それを保つことは、きっと難しい。
後悔する前に、私も雅紀を見習うべきだ。



『…これ飲んだら、帰ろうかな。…家に』



帰ったら、“ごめんなさい”と“ありがとう”を。そして、また頑張ろう。
今度は、両親と一緒に。



「そっか!じゃあ、最後に。はい!ほら、かんぱーい、つって!」

『ふふ。…うん!かんぱーい!』

「お互い、頑張ろうね!俺も、いつでも、どんな時でも味方だよ!ひゃひゃっ」

『うん。ありがと』



そう言って、私のコーヒーカップと雅紀のジュースのグラスが音を鳴らす。
安っぽい音が響き渡ったけど、そこに乗った想いは、決して安っぽいものじゃなかった。



“この試練が終わったら、料理でも作ってあげようかな。両親に”



目の前の温かい笑顔を見ながら、そう思う。
やっと、大切な人がたくさんいることに、気付けた瞬間。


きっと、私はもっと成長出来る。





Anytime, Anywhere.

(どんな時も、どこにいても。いつだって、あなたの心に寄りそうよ。)





End.


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