Let Go - 1/2


夕方の公園は人気が無く、時折吹く風だけが音を鳴らしていた。
そんな中で、私は説明しにくい感情を抱え、ブランコに座りながら一点だけを見つめている。この状態を、もう1時間近くも保ったままだった。



『一体、いつまでが正念場なの…?どこまでが正念場…?あと、どれくらい頑張ればいいのよ…』



恐れ、不安、迷い。加えて周りからは、期待にプレッシャー。時には嫉妬だって。


終わりの見えない闘いに、もうきっと、私は倒れる寸前だ。握っていたブランコの取っ手を、ギュッと強く握り締める。
冷たい風が肌に沁み、訳も分からないけど、途端に涙が溢れそうになって、それを押さえたくて、思わず大声で叫んだ。



『…っ、もう!こんなの、最悪!!』

「ぅわっ…」

『…!?、さ、智…!』



人気が無かったはずのこの場所で、突然前方から驚く声が聞こえて、顔を上げる。
きっと、ずっと下を向いていたせい。幼なじみである智が歩いてきていることに、まったく気付かなかった。



「ビックリした…。こんなとこで、何やってんの?」



恐る恐る、眉をしかめるように訊く智。その手には画材屋にでも行ってきた帰りなのか、何種類かの絵の具と、もはや何に使うかも分からない道具が幾つか入った袋を提げていた。
お互い大変な時期なはずなのに、自分とは違う、随分とマイペースな様子に言葉を失いかける。



『べ、別に…。色々考え事してて…』

「ふーん…。なんか、目ぇ赤くない?大丈夫?」

『!!』

「まあ、いいや。はい。これ食べる?」



上手く交わしたつもりだったのに、まんまと目が赤いことを指摘され、心が動揺する。
けど、智本人は気にすることなく私の隣のブランコに座り、持っていた茶色の紙袋から、タイヤキを手渡してきてた。
僅かに漏れる温かそうな蒸気と良い匂いに惹かれて、“ありがと…”とそれを受け取る。一口かじると広がったのは、甘いカスタード。



「んふふふ…。やっぱ、うめぇなぁ〜」

『………』



横目で隣を見ると、智が満足そうにタイヤキを頬張る姿。それはやっぱりどこかマイペースで、同じ時間を過ごしているはずなのに、私のような切羽詰まったところがない。
ストレスを感じられない様子に、持っていたタイヤキの手を膝に乗せ、質問をしてみる。



『…智はさ、…絵を描くのが本当に好きなんだよね?』

「え?うん。…何、突然?」

『なんていうか…、私は智みたいにはいられないから。羨ましくて…』



智が絵を描いたりというアート関係の作業が好きなように、私だって、好きなことがある。そして、その好きなことを将来もずっと続けていたくて、今、頑張っている。
夢を叶える為の、大事な一歩。
でも、それらを考える割合が、明らかにどんどんどんどん少なくなってきていた。頑張っているのは確かなのに、夢を叶える為の努力なのに、それが怖くて仕方ない。


大切な何かが、自分の中から消えていくようで。



『…私ね、凄く不安なの。今…』

「不安?」



私が本題を切り出すと、智が“言っている意味が分からない”という顔をする。でも確かにその通りで、私も何を言っているのかが分からない。
それなのに、きちんと耳を傾けてくれている智には、心から感謝だ。



『うん…。自分の夢を叶えるために、色んなことを凄く我慢してて…。ある程度はそうであるべきだ、って分かってるんだけど、最近はそれが当たり前になってきてるのが、なんだか怖いの』

「……」

『だって、前は周りが呆れるぐらい、時間を費やして夢中になってたのに…!けど、今はそれが全部取って代わられた感じ…。夢を叶えるために頑張ってるはずなのに、全然楽しくないの…』

「ふーん…」



自分で自分を追い詰めていくような毎日は、ただただ苦しい。周りからの重圧も、確かにそれらを後押ししていて、もっと苦しくなる。
自分のプレッシャーにも、他人のプレッシャーにも、どうにか耐えているけど、同時にこんなの絶対に正しくないとも思っていた。


でも、智に説明すると、変わらないテンションで言葉を返される。
一瞬、何を言われているのか分からなくなったぐらいだった。



「…考えすぎなんじゃないの?少し、ほっとけばいいのに」

『え?』



慰めるわけでも、喝を入れるわけでもない。シンプルすぎる言葉に、思わず自分の耳を疑った。

今、なんて言ったの?



「だから…。ほっとけば?」

『ほっと、く…?』



私がおかしいのか、智がおかしいのか。何度も繰り返す言葉に、つい智と見つめ合ってしまう。
でも、その目は至って真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。



「うん。そういうプレッシャーとかはどうしようもないんだから、諦めてほっとけばいいんじゃないの?何かに行き詰った時って、そうすれば案外上手くいくもんだよ?」

『……』

「頑張ってると疲れちゃうしさ。やれるだけやるのもいいけど、無理してると見失うことばっかりだし…。ちゃんとやってるんだったら、もういいじゃん」

『…!…』

「思うように行動するのも、成功する秘訣だと思うんだけどなぁ…。運任せ、っていうか。だって、白黒つける必要はないでしょ?そういう…、カタチに出来ない価値あるものって」

『さと、し…』

「あれ…。違う?俺、間違ってる?」



その問いかけに、首を横に振る。気付けば、もう夕方なはずなのに、世界が変わったかのように、辺りはキラキラ光って見えた。


どうして、こんな風に核心を突く言葉が、智は自然と出せるんだろう。
説得力があるのは、それが真実だから。真実を知っているのは、物事をきちんと見極められるから。
簡単なようだけど、誰にでも出来ることじゃない。



「無駄な努力はしなくていいんだよ。自分の手に負えないことに、時間を費やす必要ないじゃん」



肩の荷が、一気に軽くなったような気がした。グラグラしていた地面が、やっと安定するような、そんな気分だった。
智の言うとおり、答えはすぐ目の前にあって、それはシンプルなものだったのだ。


プレッシャーや他人、環境に惑わされるのはバカみたい。それに、自分を追い詰めるような日々は、それだけで虚しい。
たとえ、多くの人が、それは正しいんだと言ったとしても。



「その方が楽しいよ、絶対」

『ふふ…。うん…』



全てをコントロールするのは無理。出来っこない。だったら自分の願うように進むのも、それはそれでアリなんだろう。
何より、私の隣にいる人が、“楽しめる人が勝者”だということを教えてくれている。



『うん…。そーだね』



貰ったタイヤキを、また一口かじる。
冷たい風と空気によって、もうすっかり冷めていたけど、心は満たされていた。



――― もっと、シンプルに生きてみよう。以前のように



恐れも、不安も、迷いも無い。

そう。そうだったの。
そうすれば、今みたいに、心の平和は戻ってくるんだから。





Let Go.

(ペースを落として。自分の心を大事にして。)





End.


→ あとがき





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