Silver Lining - 2/3


side. M



“どうかしてる”

何度も、その言葉が頭を掠めた。そして、何度も自分で、仕方ないんだと言い訳めいたことを呟いては、目を閉じて打ち消す。
ニノと別れてからここに来るまでに、そんな作業をしつこいぐらい繰り返し、やっとの思いで、彼女が暮らすアパートのインターフォンを押していた。
それなのに、俺だと分かった時の、戸惑ったような彼女の反応に傷つく自分が、嫌で仕方ない。リスクを承知した上で行動しているくせに、嫌われることだけは真っ当に恐れてる、なんて。



『松本さん…』

「ごめん。こんな時間に、突然来て」



そんなことを言ってはみるけど、事あるごとに家を訪ねては、なかなか進展しないこの関係の為にアプローチを繰り返していることは、お互い分かってる。
分かり易い変化は無くても、一緒の時間が増えること、彼女の笑顔が見られること。そして時々、気持ちが伝わっていることが分かるだけで、たまらなく嬉しくなった。
でも、だからこそ今日だけは、少しだけ意地悪なことを言ってみたくなる。コットンワンピース姿で、化粧っ気の無い肌が、自分の言葉でどれだけ色を染めてくれるのか見てみたかった。



『あの、何か…、』

「杏奈に、嵐のファンだったら絶対に誰でも分かる、っていうクイズ出していい?」

『え?』

「今日、何の日だか知ってる?」

『…!』



開かれた玄関の扉を、当たり前のように後ろ手で閉め、そう問いかける。そして、0.01秒、ジっと目が合ったかと思うとすぐに俯き、代わりにうっすら頬が色付く。
それだけで、今日1日あった惨めな気分や苛立ちが吹っ飛んだ。こんなことなら、もっと早く、会いに来れば良かったと思う。



『松本さんの、…誕生日、です』

「…正解」



――― 8月30日、誕生日に欲しかったのは、きっとこれだけだ。



日付が変わり、朝起きて仕事に出かけるまで。色んなことを想像しては期待して、時間が経つごとに、焦りと不安でいっぱいになっていった。
食事に2人で行けたらいいな、とか。時間があったら映画でも観たいな、とか。
朝、似合うと言ってくれた服を選んで着たり、お気に入りの香水を付けたりしながら考えていたことが、どんどんカタチを変えて、最後にはメールだけでもいいと思うようになる。
それでもしてくれなかったメールに、理由は俺が期待し過ぎると困るから?とからかうように訊くと、困ったように彼女は首を振った。



「うん。でも、別にいいんだ。もう気にしてないし。結局、我慢出来なくなって、こうやって自分から会いに来ちゃったわけだし。…かえって気ぃ遣わすかな、とは思ったんだけどね」

『そんなことは、ないですけど…』



言ったことに、嘘は無かった。
今日という日の大半を、自分の勇気が無かったばかりに無駄にしてしまったことも、彼女に会えた今、それがどうだって良くなったことも。
それでも、わざわざここに会いに来たのは、自分なりにけじめを付けたかったからだ。もし、ニノに言われたように、今日ぐらいワガママを言ってもいいなら、彼女も少しは俺の気持ちを理解してくれるかも知れない。



「だったらさ…。少しだけ、ワガママ言っていい?」

『え?』

「本当はいつもみたいに、ちゃっかり上がり込んで、さり気なく一緒にコーヒー飲んだりしたいんだけどさ。…今日は近くに居過ぎると、たぶん杏奈に触れたくて仕方なくなるから」

『…! 、っ…』

「だから……、えっと。今日はここでいいから、俺の話だけ聴いてもらっていい?」

『は、い…』



そう言って、咄嗟に深呼吸をする。でも、冷静さを保とうとすればするほど動悸が激しくなって、仕舞いには自らしゃがみ込んだ。
今日は、暴走したくて来たわけじゃないのに。



『松本さん…?』

「ごめん。ちょっと待って…」



いくら深呼吸をしても、上手く息を吸うことが出来ない。


自分でストレート過ぎる告白をしておきながら、恥ずかしそうに顔を火照らす姿が愛しすぎてこうなってるなんて、彼女が知ったらどう思うだろう。
あと10センチでも距離が近かったら、絶対に手を伸ばしてたなんて知ったら、一体どう思うだろう。
ほんの少しのきっかけで吹き飛んでしまう自分の理性に、内心怖くて堪らなくなってるなんて。抱きしめたくて、仕方なくなってるなんて。



「…っ、あのさ?ごめん。言いたいことっつーか、伝えたいことっつーか…。そういうのあったんだけど、ちょっと今、一瞬で頭ん中が真っ白になった、俺…」

『え?』

「だから、今分かることだけ言っていい?メチャクチャかも知んないけど」

『は、はい…』



用意していた言葉も出て来なくなって、まともに顔も見られなくなる。
けど、今日このタイミングで彼女に伝えるべきことは、正にこういうことで、自分ではもう説明も出来ない、コントロール出来ないことなんだと思う。


本当に、どうかしてる、俺。



「何て言うかさ…時々、どうすればいいのか分かんなくなるんだ。今もそうだけど、自分が思ってることの半分も伝えられないっていうか…。杏奈と居ると、そういうことが凄く多い。自分でも訳分かんなくなる、っつーか…」

『……』

「でも、こういうのって、自分にとって初めてでさ。…ここ最近、ずっとどうしようもないこと考えてたから、今それがちょっと分かって、勝手だけどほっとした」

『どうしようもない、こと…?』

「うん」



そこまで一気に言葉を紡ぎ、やっとのことで、再び立ち上がれるようになる。
未だに心臓だけは落ち着きを取り戻せていないけど、それが新鮮だと思えるのは、やっぱり相手が彼女だからだ。そして、もう一度だけ深呼吸をする。



「全部、杏奈が初めてだよ」

『え?』

「傍にいるだけで、目合わせるだけで、言葉交わすだけで。…それだけで、ここまで俺をどうにかするの、杏奈が初めて。それって、キスしたり、触れたりっていう“初めて”よりも、ずっと価値のあることだと思わない?」

『…っ、…』

「少なくとも俺にとっては…杏奈とする全部のことが、そういうことなんだよ。そのせいで暴走し過ぎて、もしかしたら、またいつか杏奈のこと身勝手に傷つけるかも知れないし、それを言い訳にしたくはないけど…」

『……』

「…それでもやっぱり、杏奈のことが好きだし、俺をこんな風にしてるのは杏奈だから。だから、それだけは改めてちゃんと言っておきたかった。…メチャクチャなこと言ってると思われるかも知れないけどね」

『いえ…』



そう言って、そっと彼女の両手に手を伸ばし、“あと10センチ”の距離を、敢えて自分から詰める。
俯いたままの彼女の綺麗な瞳からは、ほんの少し涙が零れていて、それ故に、再び自分に襲いかかってきた感覚にストップをかけた。そして、今日、本当にしたかったことを、今になって思い出す。
厳密に言えば、それは彼女を好きになってから、ずっと俺の中にあったもので、さっき伝えたこと、そのものなんだけど。



「なあ…“Silver Lining”って言葉の意味、知ってる?」

『“Silver Lining”…?』

「うん」



突然の聞き慣れない言葉に、不思議そうに彼女が俺を見る。でも、答えを教えることは無かった。
もし、誰かを好きになることが愚かだと言われるなら、それでも良い。その言葉が持つ意味を本物に出来るんだったら、喜んで受け入れる。
誕生日のこの日に、本当に彼女に伝えたかったことも、あげたかったものも、このキスだけだから。



『…!』

「…これも、俺の初めて。意味、分かる?」

『は、い…』



どうしようもなくなって、自分でも手が付けらんなくなって、おかしくなりそうで。
そんな時だって、いつでも一筋の光を見せてくれる。その先に、太陽があるんだって思わせてくれる。


それが、“Silver Lining”で、俺にとっての彼女だ。





Silver Lining

(それぐらい好きになっちゃったんだ。他には何もいらないぐらいに)



End.


→ あとがき





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