Nobody knows - 1/2
side. A
雨上がりのアスファルトは光の加減で幾つもの色を創り出しては、また消えていく。視線を下に、何度もその一部始終を見届けてきたけど、まるで時間は無視していた。 いったいバスが出て行ってから、もう何時間経ったんだろう?それから何台のバスが停まって、何台のバスを見送ったんだろう? ふと時間を確認しようとして、腕時計なんか付けていなかったことを思い出す。
今日は君に“サヨナラ”を告げる日だったから、君から貰ったあの時計はしない方が良いと思ったんだ。
「もう、こんな時間…?何やってんだろ、俺…。ひゃひゃっ…」
代わりにケータイで確認した時間は、君と笑い合って別れてから、優に3時間を過ぎたことを告げている。 いい加減にするべきだと思い時刻表を見たけど、そこの停留所は自分の家に帰る為の場所じゃない。 自分を笑う自虐さも、そんなおっちょこちょいな失敗も、“相葉雅紀”のキャラを考えれば有り得る範囲内。 でも、ずっとこんな行動を続けていくのかも知れないと考えたら、泣きそうになった。
――― 今日の“相葉雅紀”は、いったいどんな風に君に映っていたのかな?
『ちょっと、雅紀!まだ乗るの!?』
「ひゃひゃひゃ!いーじゃん!ほらっ、行くよ!」
そう言って顔を歪ませる君の腕を引っ張り、僅か10分前にも歩いた道を戻っていく。 場所はさほど大きくない遊園地で、俺は君の言う通り、もう4回目となるジェットコースターにトライしようとしているところだった。 少し後ろの方では、同じように“もうやめよーよ、相葉ぁ〜!”と文句を言いつつ、笑う男女のグループ。 君も含めてみんな高校時代からの友達で、今日は久しぶりに全員で集まっていた。
「やっばい!ちょー楽しーね!楽しかったでしょ?ね、そうだよね!」
『何それ!強引すぎるにも程があるんだけど!』
「え、楽しくなかった?」
『いくら楽しくても、ジェットコースターに5回も乗るのは違うでしょ?途中から私と雅紀だけになって、みんな休んじゃうし。まだランチの時間にもなってないのに、すっごい疲れたんですけど』
「ひゃひゃひゃ!ごめんね?だって、杏奈以外誰も付き合ってくんないから!」
『ふふふ。じゃあ、そのお礼でもお詫びでも何でも良いから、飲み物奢ってよ』
「オッケー!アイスコーヒーでいい?」
『うん。ありがと、雅紀』
お礼を言うべきなのは俺の方なのに、君は少しの違和感もなく笑顔でそう言う。 そして俺は、君がベンチで待つ仲間達の下へ向かうのを視界の端で捉えながら、アイスコーヒーを買うために1人売店へと走る。 “雅紀がテンション上がりすぎちゃってる!”と伝える君の声と、“知ってる〜!”なんて笑うみんなの声が、賑やかな遊園地の中でも確かに耳に届いた。
その中に、大好きな君がいる。 そして、大好きな親友で、君の彼氏もいる。
「すいませーん!アイスコーヒー、全部で……う〜ん。…6個!6個くださーい!」
何度も味わう、鈍く鳴る心臓の音を無視するのはもう慣れていた。 だから、笑顔で全員分のアイスコーヒーを注文する。
――― 俺、ちゃんと笑えてるよね?
『杏奈です。宜しく』
「うん、俺は相葉雅紀。改めて、これから1年間宜しくね!ひゃひゃ!」
『ふふっ。うん、こちらこそ』
君と出会ったのは、高校2年の時。でも、本当の意味で仲良くなったのは、クラスメイトになった3年の時。 隣の席ということもあって、スグに仲良くなれたのを覚えている。 君は俺と同じくらい友達も多かったし、お互いの友達を共有してはバカみたいに笑い合っていたけど、俺の印象は最初の時から今も、ずっと変わっていない。
君は初めて出会った時から既に、“親友の彼女”だったから。
「最近はどうなの?デートとかしてんの?」
『うーん、受験勉強があるからなー。でも、今週の日曜は久々に映画行こうって』
「えー、いいなー。俺も行っていい?」
『ちょっ…!?ダメに決まってんでしょ!ふふ』
「ひゃひゃひゃ!」
俺の親友で君の彼氏はクラスこそ違かったけど、よくこんな風に話題にしていたし、しょっちゅう3人で遊んでいた。 たとえその場に俺が居なかったとしても、どちらかがその時のことを良く話してくれてたし、気軽に俺も訊けるような、そんな関係。 それは高校を卒業してから今もずっと続いていて、傍から見ていれば、何事も無く凄く平和に、楽しく過ぎていっているように見えたんだろう、と思う。 いや、実際そうだったし、不自然なところなんて、きっとどこにも無い。
でも、それなのに俺はある日、突然気付いてしまう。 きっと俺の恋心なんて、ここに綴るよりも先に、ほとんどの人は直ぐに気付いただろうけど、俺はたぶん、自分が想像する以上に鈍感だったんだと思う。だから、直ぐに気付けなかった。
――― “君のことが好きだ”、って。
『はい、雅紀。ちょっと早いけど、これ誕生日プレゼント!』
「マジで〜!?ありがと、杏奈。開けていい?」
『うん。腕時計なんだけど、たぶん雅紀はこういうの好きだし、絶対似合うと思うんだよね。ふふ』
誕生日よりも10日も前に君がプレゼントをくれたのには、理由があったのは知っている。 俺の誕生日はクリスマス・イヴで、君は彼氏と過ごすから、当日に渡すことは出来るはずがなかった。 それでも敢えて突っ込まなかったのは、俺だけの為に選んでくれたそのプレゼントが嬉しかったし、何より、女の子同士で彼氏とのクリスマスの予定を話す君が凄く可愛かったからだ。
「はい、お待たせ、みんな〜!相葉くんがアイスコーヒーを買ってきてあげましたよ!」
『あはは!雅紀が調子乗った!』
「ひゃひゃひゃ!」
“恋する君に恋をした”と言えば、何もかもが綺麗に収まるかも知れない。 凄く詩的でロマンティックだから、女の子なんかはこういうの好きでしょ? でも、当事者の俺はそんな感覚に酔えるほど馬鹿じゃなかった。 実際のところはそんな綺麗なものじゃないし、おかげで何度か、本気で自分のことが嫌いになった。
それはもう、嫌っていうほど。
「なあなあ、相葉」
「んー?」
「あの2人って、まだ付き合ってんの?」
「ひゃひゃひゃ!何、その質問!見れば分かるでしょ!しかも、それ俺に訊く?」
「ははは。だって、本人達に向かって“まだ付き合ってるの?”とか訊けないじゃん。だったら、相葉に訊いた方が早いし、確実だし」
「ひゃひゃ。まーね?」
それぞれに買ってきたアイスコーヒーを配っていると、途中、そんな風に訊かれる。 視線の先には楽しそうに彼氏と笑い合う君がいて、そこには君の親友も交えているけど、愛しそうな瞳を向けるのはお互いにだけだ。 一目瞭然ともいえるラヴラヴなオーラに、みんなが笑顔になる。
もちろん、俺も。
「あー。でも、そっか〜。よく続いてんなぁ。そろそろ結婚も有り得んじゃない?」
「うん。そーだね」
君が好きだと自覚してから今日までの時間は、振り返れば振り返るほど、心が鈍くなるような感覚に襲われる。 今、こうやって何事も無いように笑っていられるのは、その結果だと言ってもいい。 これが、思い悩んだ末に得た、俺なりの最善の答えだった。
――― だって、“君と親友が別れちゃえばいい”なんて願うのは、俺らしくないでしょ?
「相葉、もしあいつらが結婚することになったら、スピーチしなきゃね。友人代表で!」
「ひゃひゃひゃ!マジで?でも、そーだよね。俺、感動して泣いちゃうかも!」
「ははは!本人達以上にでしょ?ウゼーなぁ、それ!」
まだ見ぬ2人の晴れ姿を想像して友達と笑い合っていると、それを聴いていた他のヤツが“相葉だったら有り得る!”なんて、茶々を入れる。 一応、乗っかって俺も冗談混じりに返すけど、きっと、そういうことなんだ。
“相葉雅紀”はハッピーな人間。 “相葉雅紀”は優しくて、友達想いで、笑顔を絶やさない。泣くのは嬉しいからで、哀しいからじゃない。 “相葉雅紀”はそういう人間であって、だから自分の為に君の笑顔を奪うようなことはしちゃいけないし、考えてもいけない。
それは、“相葉雅紀”じゃないから。
「ひゃひゃひゃ!」
君のことを好きになったが故に、親友である人を羨んで、仕舞いには嫉妬をした時期。 どちらも大切で大好きなはずなのに、“なんで俺じゃないの?”と思ったんだ。 “俺の方が優しいし、面白いし、オシャレだし、絶対に杏奈のことを幸せにするのに”って。
でも、そんなのはただのエゴで、俺らしくないとも思った。 だから、こんな自分を君に知られる前に、その感情を全部箱に入れて鍵をして土の中に埋めたんだ。それが、今の俺なんだ。
「っ、ひゃひゃ…」
なのに、どうしてだろう?
望んだ“現在”なはずなのに、あの時よりももっと苦しい。笑えば笑うほど、虚しくて仕方ない。どんなに無視しても、確実に“それ”を感じる。 だから、今日はどうしても君に“サヨナラ”をしなくちゃいけなかった。
――― これ以上、心が壊れないように。
『あれ、雨?』
「…! 、ほんとだ…」
嫌がる友達を置いて、2人で6回目のジェットコースターを乗り終えた後、少し強めの雨が降ってきて、君が空を見上げる。 見ると、さっきまであった太陽は黒い雲に隠されてしまい、光を失っていた。そして、共鳴するように、遊園地全体もまるで暗い。
それを見て、ふと“俺もこんな感じなのかな”、と思った。 隣を見れば、彼氏にどこにいるのかメールを送る為に文面を打つ君がいて、改めて君の想いが誰に向いているのかを再認識する。
「………」
また、鈍く。でも、鋭く。 全てが崩れていく前に、全てを自分で終わりにしなくちゃいけない。 もういい加減に、光を取り戻さなくちゃいけないんだ、俺は。
「…ねえ、杏奈?」
『んー?』
「俺は、杏奈にとって“良い友達”だった?」
『え?』
「“良い友達”だった?」
『え、“だった”って何?てか、質問の意味自体が分からないんだけど。いきなりどうし、』
「いいから」
『…!…』
きっと俺は、君が知っている顔をしていなかったんだと思う。 “相葉雅紀”らしくない真に迫るような俺の様子に、一瞬呼吸を止めた後、息を吐いて、君は真っ直ぐに俺を見てこう言った。
さっきよりも強くなっている雨が、ザーザーと音を立てていて、少しうるさい。
『もちろん。雅紀は、凄く良い友達だった』
「………」
『私は雅紀みたいな友達を持てて、凄く幸せだったと思う。…本当に』
「…そっか。……良かった」
そう言って、俺がやっと“相葉雅紀”らしい笑顔を見せると、君もほっとしたように笑顔を見せる。 雨の音と混じる俺たちの笑い声はいつもどおりで、何も変わらない。 約30メートル先では、心配した彼氏が傘を買って君の名前を呼んでいて、その姿を見つけて君はもっと嬉しそうな笑い声をあげる。
俺が、ずっと大事にしたいと思った、大好きな笑顔で。
「…ぃよーしっ!じゃあ、あそこまで走るよ、杏奈!」
『え?でも、こっちに来てくれてる、』
「いーからっ!ひゃひゃ!ほらっ、行くよ!!」
ジェットコースターに誘う時のように君の腕を引っ張り、着ていた自分のパーカを傘にして、一緒に走りだす。 いつもよりも近い距離に、ほんの少し胸が痛くなったけど、君の笑顔を見て振り切れたような気がした。
10秒にも満たない一時。 君はパーカから抜け出して、彼氏が持つ傘の中へと入って行く。俺はそれを見送りながら、また雨の音を混じらせて、静かに呟く。
聞こえないように、聞こえないように。静かに。
「……“サヨナラ”…」
――― 俺が今日、この瞬間に一歩を踏み出したことを、誰も知らない。
雨上がりのアスファルトは光の加減で幾つもの色を創り出しては、また消えていく。 自分の足でここまで来たはずなのに、帰り道が分からない、思い出せない。 あの瞬間、これ以上心が壊れないように君に“サヨナラ”を告げたはずなのに、今感じるのは怖いぐらいの空虚だ。 まるで自分の一部が、君と一緒に連れてかれちゃったみたいだった。
素の“相葉雅紀”でいるのがこんなに怖いなんて、知らなかったよ。俺。
「あれ…、雨…?え、…なんで?ひゃひゃ……」
次々と零れ落ちる雨は、俺の雨じゃない。 だって、俺は一歩を踏み出したんだから。君のことを思い出にする一歩を、踏み出したんだから。
だから、これは俺の雨じゃないんだ。
たとえ、水溜りに映る空の中に、どんなに落ちて行っていたとしても。
Nobody knows
(人知れず告げた、君への“サヨナラ”。)
End.
→ あとがき
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