Petunia. 11/26 ('09) - 1/2
手帳を開いて予定を確認すると、びっしりと書き込まれたページに、一際目立つ印を付けられた日。 違うページのフリースペースには、あらゆるリストが張られている。
11月26日。大好きな人の誕生日、だ。
『もう、1カ月も無い…。今年は智に何あげればいいんだろ…』
長く付き合っていると、相手の好きなもの、興味のあるもの。色んなことを多く知れるけど、同時に困るのも事実。 現にここ数年間は、毎年パターン化していってしまっているプレゼント選びに、頭を悩ませている。
けど、当日が迫っている今、悩んでいる暇は無かった。リストを見ると、一番上に“釣り竿”。 それを見て、去年の誕生日を思い出して、つい苦笑する。
『奮発して、釣り竿をあげたんだっけ、去年…。智は確かに喜んでたけど…。うーん…』
2週間、考えに考えて送った釣り竿は、かなり良い値段。その時点で若干の後悔はあったのだけど、それだけでは済まなかった。 結果、今まで以上に釣りに没頭し、今まで以上に肌が黒くなってしまったのを見て、心から選択ミスを痛感したから。
“今年はそのことも含めて、もっとロマンティックにいきたい!”
智がどう思うと、私の希望はこれだ。 だからこの際、雑誌に載っていた、“ロマンティック度は星1つ!”という、本人の自己評価は無視しよう。
『でも、どうすればいいんだろ…。せめて、何かヒントでもあればいいのに、……って!あ!!良いこと思いついた!』
プランにしろ、プレゼントにしろ。なかなか思いつかないことで、逆にヒントだけは貰う手段を思いつく。 藁にもすがる気持ちで開いたのは、ノート・パソコン。
『前に友達が調べてて気になってたし、ちょうどいいかも』
検索ワードは、“誕生石”と“誕生花”。 ひとつひとつに意味が在るだろうし、高くなければ買って贈ることだって出来る。何より、宝石と花なんて、最高にロマンティックだ。
そう思って、リズミカルにキーボードを叩いていくと、すぐに何件ものサイトがヒットする。 一番上に出てきたサイトにアクセスして、早速、智の誕生日の日付をクリックした。でも、出てきたのは聞き慣れない名前に、ピンと来ない意味だったけど。
『月ごとだけじゃなくて、1日1日にちゃんとあるのは凄いけど…。何これ?す、…“スカポライト”?』
写真も無ければ、“未来志向”という、ロマンティックというテーマには少し遠い気がする意味に、頭はクエスチョン・マークだらけ。 何より、私でも理解出来ないことを智が理解出来るとは考えにくい。結局、数十秒、PC画面を見つめた後、“…却下!”と小さく呟いた。
『次は…、と』
気を取り直して、今度は誕生花を調べていく。 すると、誕生石と同じように沢山のサイトがヒットし、同じように1日1日ごとに花が分けられていた。でも、誕生日付をクリックすると、さっきとは逆に見慣れた花が画面を彩る。
――― ピンクの花、ペチュニア。
『…結構、どこでも見れる花だよね?私の実家の庭でも育ててたし…。うーん…』
素朴すぎる雰囲気に、花束じゃなくてプランターであげるハメになりそうな様に、ロマンティックな要素は見当たらない。 でも、“却下!”とまた声に出そうとした瞬間、目に入ったペチュニアの花言葉に、声は消されていった。
“決して諦めない”
『智……』
その花言葉が、智の根底にあるものと通ずる気がした。 普段は大人しくて、ふわふわと笑っているけど、いざとなったら、息をもつかせないような魅力を発揮する。才能と言ってしまえばそれで済むけど、全ての才能は努力からだ。 智が多くのことを人知れずに努力してきたのを、私はちゃんと見てきた。ちゃんと、知っている。
だから、これからもそうであって欲しくて。これからも、そんな姿を見ていたくて。
気付いたら、当初の目的もすっかり忘れ、この素朴な花をプレゼントすることに決めていた。 言葉にする代わりに、花を贈って想いを伝えるのが“花言葉”の存在する理由ならば、もうそれだけで、ロマンティックだと思ったから。 そして、その想いをきちんと受け取ってくれるのが、私の“大好きな人”だと思ったから、だ。
『…この花ね、智の誕生花なの。意味は“決して諦めない”だって』
「へぇ…。んふふふ。なんかカッケ―な!俺」
当日、花屋巡りをして選んできたペチュニアを渡してみると、予想外のプレゼントに、智はほんの少し驚いていた。 でも、すぐに笑顔で“ありがとう”と返してくれるのを見て、心の中で“だから好き”と思う。
『ふふ!自分で言っちゃうし』
花は自分なりに工夫して、プランターにアレンジして植えておいたもの。 そのガーデニング作業に2時間近く掛かったことは言わなかったけど、花言葉の意味はもちろんちゃんと教える。
「“決して諦めない”か〜…。んふふふ」
冗談混じりの会話に、言葉にしてしまった想い。花言葉の存在する意味が無くなりそうだけど、これでいいのだ。 だって、本当は内緒にしている、もう一つの花言葉があるから。
“あなたがいてくれて、心が和む”
これが、“言葉にした想い”に隠した、私のもう一つの“想い”。 一緒に時間を過ごしてきた、私だけの想いだ。
だから、あなたらしく、私らしく。 これからも、ずっと一緒にいてね。
『智。誕生日、おめでと』
ずっと。
Petunia. 11/26
(あなたがそばにいてくれるだけで、それだけで。)
End.
→ あとがき
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