かけられた魔法 - 1/3


side. O



初めまして。僕はサトシ。とある国の、とあるお城で働く宮廷画家です。



『どうして、こんなことに…』



そして、僕の前で床に座り込み、涙を流しているのが、この国の未来の王妃様。名前は、アンナ。
僕はもちろん、みんなが彼女をアンナ姫と呼んでいます。1週間前に王子の婚約者として、幸せいっぱいでこの国へやってきました。
でも、その幸せは3日と持たなかったようで……。



「あっ…!お願いだから泣かないで!だ、大丈夫ですって、アンナ姫!」

『うう…』

「っ、これから!これから、また2人で解決策を考えましょう!ね、姫?!」



月明かりの下、頬を伝う涙は皮肉なまでにキラキラと光る。大きくて綺麗な瞳は、この数日間、ずっとうさぎのように赤いまま。
淡いピンクのベアトップドレスはこんなにも幸せそうな色をしているのに、相変わらず姫の様子は変わらなかった。


事の始まりは、先日催された、王子とアンナ姫の婚約パーティでのことだ。
王位継承者である、ショウ王子。性格は至って真面目で誠実。頭も良くて、この国に住む人々、誰もがショウくんに期待をしている、未来の王だ。



「…あ」



説明が後になったけど、僕が王子をショウくんと呼ぶのは、昔からの親友だからです。決して、無礼を働いているワケじゃないので、悪しからず。


とにかく!そんなショウくんとアンナ姫は、ある舞踏会で出会ったことから恋に落ちる。
出会い後も手紙でやり取りを続け、互いを知りながら、しっかり愛を育んだ。そしてその想いが通じ合い、めでたく2人は婚約に至ったのだ。
正に、おとぎ話的なロマンティックな展開だと思う。それなのに……、



「まさか、あの子が魔女だとは思わなかったなぁ〜…」



幸せな空気に満ちた王宮内。そんなお祝いムード一色の中、事件は突然起きた。女中の1人がショウくんを想う余り、とんでもない魔法を掛けてしまったのだ。



『優しかった王子が、まさかあんなに冷酷になってしまうなんて…!』

「そうだよね。俺もあんなショウくん、初めて見た…」



きっと、元々の狙いはアンナ姫だったんだと思う。
でも、ショウくんは正義感の塊で出来たみたいな人だ。ショクくんが咄嗟に姫を護るために庇ったことで、その魔法はショウくんが受けるハメになったのは、もはや運命だったのかも知れない。


魔法のショックで意識を失い、髪は見る見る漆黒に色を変え…。そして、やっと目覚めたと思ったら、姫のことも俺のことも、ぜーんぶ忘れ、本人とは思えないほど冷たい性格に様変わりしていた。
言葉遣いどころか、声の調子も違う。瞳はまるで、氷のようで…。
なんとかその魔法を解くために色んな人が訪れ、試行錯誤してはみたけど、てんでダメだった。


そう。これが、ここ数日間のお城での出来事です。もう、僕もギヴ・アップ寸前なんです。本当に!



「ちょっとー!2人で何してんのさ、もうっ!俺も入れてよー!」

『!』

「マサキ…」



思わず姫と見つめ合い、ため息を吐いた瞬間、ドアが小さく音を鳴らす。その音に反し、部屋を一気に賑やかにしたのは一つの声。
視線をやると、ドアの隙間から1匹の白い小さな犬が俺たちに向かってやってきた。



『マサキ!まさか、また懲りずに王子の所へ?』

「うん。でも、やっぱり追い返されちゃった…。お前みたいな犬、飼った覚えはないって言うんだよ?酷くない?ずっと一緒にいたのにさー!」



そう言いながら、アンナ姫の膝の上に乗る。グリーンの首輪には、この国のシンボル・マーク。それに、“MASAKI”と彫られた文字。マサキは、ショウくんが幼い頃から飼っているペットの犬だ。
ここで、なんで犬が人間の言葉を?、そう思った、そこのあなた!僕がきちんと、責任を持って説明致します。



「早く、俺のこと思い出して欲しいなぁー…」



小さい頃、ショウくんと俺で、本を見ながらマサキに魔法を掛けてみたのが始まり。
何の魔法だったかは覚えてないけど、習いたての俺たちが上手く出来るはずもなく、結果は失敗。でも、掛けた魔法によって、確かに変化は起きていた。
ショウくんがなんとなく言葉をマサキに教えていたら、それを学び、ある日突然、喋れるようになっていたのだ。
さすがに犬だから、学習能力自体は人間に比べると劣るけど、会話に関しては、もう問題は一切無いはずだと思う。



「あ!人間に変身して会いに行ったら、思い出してくれるかな!?」

「いやぁ…。それも無理なんじゃない?」

『そうね。元の姿である、犬のままでも思い出さないのに…』



あ。ついでに言うと、マサキは同時に、人間に変身出来るという、特殊能力というか、魔法も身に付けた。ただし、変身出来るのは1日に30分だけだけど。



「えー!でも、やってみなきゃ分かんないよ!?」



そんな風に騒ぐマサキを姫がたしなめているのを見ながら、俺は婚約パーティの時のことを思い出していた。


ショウくんが魔法を受け、倒れた瞬間、誰もがびっくりして大騒ぎ。そのせいで魔女の能力を持っているであろう、その女中を捕まえることも出来なければ、魔法を解く手がかりも無くなってしまった。
確か彼女がいなくなる前に、その魔法について何か言っていたような気がするんだけど、みんながショウくんを心配して、話を聞いていなかったのだ。
俺が言うのも何だけど、この国の人たちは平和ボケしすぎているのかも知れない。



「? 、大丈夫ですか?アンナ姫」



肩を落として、ため息を吐く姫を見て、声を掛ける。良く考えたら、この現状によって一番傷ついているのはアンナ姫だ。
大好きな人に忘れられて、冷たい態度をとられてる。来たばかりで、まだこの国にも馴染めていないから、きっと心細いはず。
だからこそ、せめて俺とマサキは支えてあげなくちゃ、と姫のそばにいるのだ。


すると、アンナ姫が俯いたまま、言いにくそうに答える。



『実は…、私の侍女が、父と母に王子のことを話してしまったらしくて…』

「え?」

『このまま魔法が解けなければ婚約を破棄し、別の国の王子と結婚を、と考えているみたい…』

「ええっ!?ダメ!ダメだよ、そんなの!アンナ姫はショウちゃんと結婚するんだから!!」

「別の国の王子って…。もう、相手は決まってるんですか?」



姫の言葉を聞いて、更にマサキが膝の上で騒ぐけど、言われてみれば、ご両親がそう考えるのは当たり前だ。だってこのままじゃ、娘が辛い結婚生活を強いられるのは確実。
ならば、他の人と一緒になった方が良いに決まってると考えたって、それは子供を愛する両親としておかしいことじゃない。



『はい。…元々、ショウ王子と出会っていなければ、その方との結婚を両親は望んでいたのだけど…。でも、私は彼と会ったことはなくて』

「へえっ?一度も?」

『ええ。それどころか噂によると、その王子はここ数年間、国にはいないようなの』

「いないって…。なんで?」

『なんでも、数年前に突然姿を消したとかで…。ただ、年に何度か手紙は送られてくるので、生きていることは確かなようだけど…』

「え?でもさぁー?消印とか、そういうのってあるんじゃないの?それか、俺みたいな犬に匂いを嗅がせて探させるとか」

『それが消印は毎回場所が違うし、その手紙には魔法が掛けられているらしく、読み終わるとすぐに燃えて消えてしまうみたい』

「なんか、犯罪者みてぇだな…」



魔法は王族と貴族だけが学ぶことが出来る、特別な教養の一つ。でも、勉強したからといって、簡単に出来るものでもない。扱えるだけのセンスが必要だ。
だから俺なんかは全然ダメだし、ショウくんも簡単な魔法しか使えない。
けど、姫の話を聞く限り、そこの王子は高等なレベルの魔法を使うことが出来る、腕のたつ人なんだろう、と密かに思った。






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