それぞれの奮闘 - 1/3
side. M
初めまして。俺の名前はジュン。とある国の、とあるお城に仕える、近衛兵の連隊長だ。 主な任務は時期王位継承者であるショウ王子をしっかりとお護りすること。城の外に出る時はもちろん付いていくし、その為の訓練を日夜欠かすことは無い。 魔法の技術はお護りするにはまだ十分じゃないけど、剣の扱いだけは、この国の誰にも負けないと自負している。
「そっか…。ありがとう。悪かったな、仕事の邪魔して」
「いえ。こちらこそ、お役に立てなくて申し訳ないです」
けど、そんな俺の存在意義が問われるような事件が勃発したのが、約2週間前。ショウ王子とアンナ姫の婚約パーティの最中に、女中の1人が魔法で、王子を冷酷な姿に変えてしまったのだ。女中は実は魔女だったらしい。 “らしい”というのは、その時、俺がその場にいなかったから。俺自身は望んでいなかったのだけど、ショウくんの好意で休暇を頂いていたのだ。 俺が尊敬する、ショウ王子の最後の元の姿を、今でもはっきり覚えている。
“まさか、婚約パーティで何かしようなんて企んでるヤツ、絶対にいないから大丈夫だって!”
「…っ、いたじゃねーか!あの人、バカじゃねーの!?」
「うわっ…!どうしたの、ジュン…」
呑気なショウ王子の一言を思い出して、つい大きな声を出してしまう。近衛兵として自分の役割を果たすことが出来なかった苛立ちと、今でも魔法を解く術が見付からない焦りのせい。 でも、ここが城内の廊下だということを忘れてた。前方から歩いてきたリーダーが、俺の声にビックリして怪訝な顔をする。
「あ…、リーダー。…別に?」
「ふーん…。ジュン、何やってるの?訓練はもう終わったの?」
「や、まだ夕方の訓練は残ってる。でも、少しでも情報が欲しくて、女中や、あの時護衛をしていた他の兵たちに話聴いて回ってた。たぶん、誰かしら魔女だった女中のことを、本当は知ってたヤツがいるんじゃないかと思ってさ」
「そっか〜。未だに魔女の居場所の検討もついてないんだったよね」
「うん。毎日、街に行って民衆に話も聴いてるんだけど、魔女の存在自体が良い物じゃないからね。怖がって、あんま話はしてくれない。つーか、逆に質問し返される」
「質問?」
「ショウくんは大丈夫なのか、って」
「ああ…」
本当は、ショウ王子に何かあったなんて、国民には知られちゃいけない。けど、バカな小隊の1人がペラペラと新聞記者に喋ってしまったらしく、あっと言う間に国全体が大騒ぎすることになってしまった。 アンナ姫との結婚も含め、未来の王だ。この国の行く末が気になって仕方ないんだろう。 でも、その点に関してはきっと何も心配要らないのも事実。魔法で記憶を失おうが、性格が変わろうが、今日もショウくんは国民の為に、真面目に王子としての業務を全うしているから。
「リーダーは?何してんの?画材道具持ってるけど」
「んふ…。これから、ショウくんのとこ行って絵描こうと思って」
「は?」
「だって、黒髪のショウくんなんて、今を逃したらもう二度と見れないだろうし。貴重でしょ?」
「いや、貴重って…。つーか、今のショウくんが素直に絵描かせてくれるとは思えないんだけど」
「大丈夫だよ。ショウくん、昔から俺の頼みは何だかんだいって聴いてくれたし、俺の絵も好きだって言ってたし」
「でも、」
「んふふふ〜。魔法が解けたら、その黒髪のショウくんの絵を本人に見せてやるんだ。ショウくん、きっと面白ぇ反応するぞ〜!」
「っ、リーダー、今の状況分かってる?」
「分かってるよ?でも、俺はジュンやカズみたいに魔法とか剣とか得意じゃないし。それに、魔法のリミットは無いんでしょ?だったら、俺は俺で好きにやるよ。じゃ、頑張ってね、ジュン」
そう言って鼻歌を歌いながら、俺が歩いてきた廊下を、今度はリーダーが歩いていく。 つい数日前は、一緒にどうすれば魔法が解けるのか悩んでいたはずなのに、リミットが無いと分かった瞬間これだ。ある意味、肝が据わってる。おかげで、突っ込むことも出来なかった。
「ヤベぇ…。なんか一気にやる気失くしたかも…」
でも、そんなことも言っていられない。リーダーがあんな状態なんだったら、せめて残りの俺たちが頑張らなきゃ、誰がショウくんを元に戻せるんだ。 そう思い直し、引き続き訊き込みをしていく。気付けば、その相手は庭園を手入れする庭師たちにまで及び、俺も広く美しい庭園内を歩いていた。 本来は貴族出身と言えども、隊に所属しているような兵が入っては行けない場所だ。でも、俺は近衛兵であり連隊長という立場から、ここの出入りを許されていた。
……まあ、ここでお護りする相手は、今は様変わりしちゃったけど…。
「! 、…アンナ姫?」
『あら、ジュン。ごきげんよう』
庭師からの話を聴き終えた後、これからどうすればいいのか考えて歩いていると、侍女数人を連れたアンナ姫が、ベンチに座っているのを見つけた。 どうやら、今日の稽古事は終わったらしい。
「失礼致しました。姫のお時間を邪魔してしまったようで…。申し訳ありません」
『そんなことないわ。お願いだから顔を上げて、ジュン』
片膝をついて無礼を詫びると、アンナ姫が笑ってそう言う。 姫は、周りに言葉遣いを余り気にしないリーダーやカズがいるせいか、俺の喋り方が新鮮で面白いらしい。
『今日はどうしたの、ジュン。相変わらず、ショウ王子のことで忙しく動いているの?』
「はい。訓練の合間にも、逃げた魔女について調べているのですが、手がかりがなかなか見つからないもので…」
『そう…』
「ですが必ず、ショウ王子の魔法を解いてみせます。なので、姫も余り気に病まないよう…」
片膝をついたままアンナ姫を見上げ、自信を持ってそう答える。すると、姫も安心したのか、俺を見て再びにっこり微笑んだ。
『ふふ。今ね、ショウ王子へ手紙を書いていたのよ』
「手紙、…ですか?」
『ええ。王子は記憶を失くしているでしょう?だから、少しでも私のことを知って欲しくて、今まで私と王子が話したこととか、…それに今日あったこととか!そういうのを手紙に書いているの』
「なるほど。それは素晴らしい」
『そう思う?まあ、でも読んでもらえるかは分からないけど…』
ショウくんが今の姿になって、誰よりも辛い想いをしているだろうに、なんとも姫は健気だ。それでも、確かに手紙を書いても読んでもらえるかは怪しい現状。姫がそんな風に言葉を締めるのは仕方ないだろう。 けど、それに関しても心配は無用なはず。なぜなら、俺にはこの数時間で手に入れた、一番のとっておきの情報がある。
「そんなことありません、姫。手紙を書き上げましたら、リー、…いや、宮廷画家のサトシにお申し付け下さい。彼なら、きっと手紙をショウ王子に届け、読むように言ってくれるはずです」
『本当?大丈夫かしら…』
「ご安心下さい。必ず、姫の手紙は王子に届きますよ」
『ふふ。ジュンがそう言うなら、きっとそうなのね。分かったわ、手紙を書いたらサトシに頼んでみるわね』
「是非」
その後、しばらくアンナ姫の話相手になり、時間を見計らって、この場を失礼することにする。 他に護衛の者を呼ぶか尋ねたが、私を狙う人間なんていないと思うわ、という、どこかで聴いた返答だった。
『ただ、さっきからマサキが見当たらないの。一緒に庭園へ散歩に来たはずなんだけど、私が手紙を書いてばかりいるものだから、いつの間にか飽きちゃったみたいで…』
「あの、バカ…!」
『え?』
「いえ。…マサキは大丈夫ですよ、姫。いつものことです。きっと、また敷地内を遊び回っているんでしょう」
『そう?』
「見つけましたら、姫の許へ帰るよう言っておきますので、それまでゆっくり手紙の続きをお書き下さい」
『ふふ。分かったわ。よろしくね、ジュン』
そう言って庭園内を出たが、あまりマサキを探そうとは思わなかった。 アンナ姫はこの国に来たばかりで分かってはいないけど、マサキはショウくんのペットと言えども、それを意識する必要は無いということは周知の事実。
「どうせ、また森の中で蝶々やリス追っかけてるに決まってるし」
本当に、なんでショウくんが可愛がっていたのか、不可解で仕方ない。
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