わんことにゃんこの大冒険 - 1/3
side. A
初めまして!俺の名前はマサキ。この国の王子である、ショウちゃんのペットの犬だよー!喋れるし、人間にも変身出来る、犬だけどすっごい犬なの! みんな俺に会う度にご飯をくれたり、撫でたり、遊んだりしてくれる、お城の中ではアイドルみたいな存在。それもこれも、俺に魔法をかけてくれたショウちゃんとリーダーのおかげだ。
なのに……。
「おい!ぼーっとしてないで、ちゃんとついて来いって!」
「え?あ、ああ!ごめん、ごめん」
人通りの少ない、ランプの灯りだけが続く暗くて長い廊下。俺の前を行く、ネコに変身したジュンが小さい声で注意をする。 ジュンはこの国の近衛兵で連隊長。誰もが信頼するぐらい真面目でしっかりしているけど、時々俺に対してだけは言葉遣いが荒くなるのが、俺はちょっと気になるよ。 いつだったかショウちゃんにそう言ったら、マサキが訓練の邪魔ばっかしてるからだろ?って言われたけど…。
「あ〜あぁ〜…。早く前の生活に戻りたいなぁ…」
ショウちゃんが魔法にかけられてから、今日でいったい何日目になるんだろう? そんな風にぼやくと、ジュンにだからこうやって、ショウくんがかけられた魔法を解くために頑張ってるんだろ!と怒られる。今は薬剤師であるカズの命令で、ショウちゃんのベッドルームへ向かっている途中だ。
「! 、あ、ジュン!向こう側から誰か来るよ!」
「! 、…分かった。とりあえず、あそこまで行くぞ?」
「うん!」
そう言って、ジュンが指差す廊下の角まで足早に駆けて行き、見回りの衛兵が完全にいなくなるまで、しばらくそこで立ち止まる。俺は犬だから、ジュンだって気付かないような音や匂いには敏感だ。 そのことを褒めて欲しくて声をかけるけど、ジュンは俺以上に警戒しているようで、うるせーよ!バカ!とまた怒鳴られてしまう。 少しぐらい感謝してくれても良いのに、ネコパンチまでしてくるし、やっぱりちょっと酷いよ、ジュン。ショウちゃんが魔法にかけられてから踏んだり蹴ったりで、泣きそうになる。
「おい、泣いてる場合じゃねーぞ。あそこだろ?ショウくんのベッドルーム」
「えっ?」
ジュンが瞳を光らせる方を見ると、シンプルだけど他の部屋よりも豪華な細工が施された扉。紛れもなく、そこはショウちゃんのベッドルームだ。 ラッキーなことに、いつも見張りをしている衛兵も今はどこかに行ってしまっていないし、思ったよりも楽に入れそうでほっとする。
「っし…。誰か戻ってこないうちにさっさと中に入って確認するぞ」
「うん…、…あ!?」
「? 、どうした?」
静かに目的地であるベッドルームのそばまで行くと、ほんの少し扉が開いていた。それを見て、俺はさっき泣きそうになっていたことも忘れて、テンションを上げてジュンに飛びついてしまう。 だって、扉の隙間は俺を待ってる証拠!俺を大好きな証拠だもん!
「ひゃひゃっ。ねえ、ジュン!やっぱりショウちゃんは俺のこと忘れてないんだよ、本当は!」
「ちょっ…!いいから、離せよ!?てか、うるせーよ!」
時々お城の中や庭園内で迷子になって、帰りが遅くなる時がある。だから、そんな時は俺がいつでも入って来れるように、ショウちゃんはベッド・ルームの扉をほんの少し開けておいてくれるんだ! ジュンは偶然じゃね?って言うけど、絶対に俺のためだよ!リーダーも、魔法がかかっててもショウくんの本質的な部分は変わってないみたい、って言ってたもん!
そんな、しっぽが振り切れるぐらい感激してる俺を余所に、ジュンが若干呆れたままベッドルームへ入っていく。 久しぶりの部屋の様子と、ショウちゃんがベッドで姿勢良く眠っているのを見て、また瞳が潤みそうになった。
「ショウちゃん…」
「つーか、マジで面倒だな、お前。しっかりしろよ」
そのままショウちゃんが眠る天蓋付きのベッドまで行き、ジュンが軽々とその上に静かに乗る。 俺も反対側からベッドによじ上ると、ベッド脇のナイトテーブルに剣が置いてあるのが見えて、前はこんなの用意しておかなかったのに…と思う。悔しいけど、ジュンの言うことも、リーダーの言うことも真実みたいだ。
「えーっと、確かカズの話だと薔薇のような痣があるのは胸のあたりだ、って言ってたよな…。マサキ、そっちからも静かにシーツ捲って?」
「…ショウちゃん、なんで…」
「おい!聞いてんのかよ?」
髪は真っ黒だけど、寝顔だけは前のショウちゃんと全然変わらない。つい、ちょっと前までは俺もこのベッドの枕元で一緒に眠ってたのに…。
「? 、おいっ!」
アンナ姫は犬用のベッドを用意してくれたし、それも嬉しいけど、やっぱり俺は早くここで眠れるような前の生活に戻りたいよ…。 ショウちゃん、業務で忙しいから滅多に遊べることはなかったけど、ご飯だけはちゃんと用意してくれてたのに、それも今は無いし…。
「おい!マ・サ・キ!!」
どれもこれも、全部、あんな魔法をかけた魔女のせいだ。そうすれば今頃、アンナ姫も一緒に笑っていられたのに…!
「っ、ショーちゃん!起きて!?俺だよ!?ねえ!ねえってば!!」
「!!?」
きっと、色んな感情が一気に駆け巡ったせい。思わず、本来の目的も忘れて、眠っているショウちゃんに飛びかかった。 そんな俺の行動に、ジュンが慌てふためいてるのに気付いた時には、もう遅い。でも、この時の俺にはそんなことに気付く余地もなかった。
「おい!?マサ、」
「…っ、…!?犬、…とネ、コ…!?」
「ショウちゃん!」
「やべ…!」
それによって起きるのは、いわゆる不測の事態ってやつ。…って、それを起こしたのは俺なんだけどさ!
「なっ…!?ちょっ、なんで俺の部屋に犬とネコがいんだよっ?!おいっ、離れろって!」
ショウちゃんの大きな目はもっと大きく見開いて、起きたばっかりだっていうのに、瞳が厳しく光る。 ジュンも慌てて魔法を使おうとするけど、一気に騒がしくなったことで、それに気付いた衛兵たちがドタバタと廊下を走ってくる音が聞こえた。 犬の俺じゃなくても気付くくらいの、分かりやすい気配。でも、俺だって負けないもん!
「ねえ!ショウちゃん、俺だよ?!覚えてるよね!?」
「はあっ!?」
「俺のために、ドアも開けておいてくれたんだよねっ!?」
「っ、…おい、マサキ!そんなこと言ってる場合じゃねーだろ!行くぞ!」
ショウちゃんの着てるガウンを引っ張りながら、必死で答えを得ようと食い下がっていると、それ以上の力でジュンが俺の首根っこを引っ張った。それもそのはずで、いつの間にかジュンは変身を解いている。 消えたネコと、代わりに現れた優秀な近衛兵に、ショウちゃんもさすがに何が何だか分からなさそうな顔。それでも、テーブルの上の剣に手を伸ばしているのが、また哀しかったりするんだけど。
「お前…、確か近衛兵の…?」
「っ、失礼しました、王子。この犬は、俺が責任を持って処分しておきますので」
「!? 」
「今日のところは、ごゆっくりお休みください」
「あ、ああ…」
「それでは、失礼致します…!」
そんな風に礼儀正しくショウちゃんに挨拶をした後、素早く部屋を出る。気付いたら、俺はジュンに抱きかかえられたまま、凄いスピードで廊下を駆け抜けることになっていた。
……って!
「ねえ、ジュン!俺のこと処分するって冗談だよね!?」
「うるせーよ!黙れっ!!」
俺、これでもこの国の王子のペットだよ?!
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