それぞれの奮闘 - 2/3


side. M



地下へと続く、薄暗くて冷たい階段を下りていくと、奇妙な香りと煙がその空間に蔓延しているのが分かる。
正直、外で訓練をしたり、馬に乗って街を走り回ったりの生活をしている俺からすると、1日中こんな所にいて、よく気が変にならないなと思う。



「なーにー?何か用?」



使われなくなった古い酒蔵へ入ると、背中を向けたまま、こちらを見もしないでカズが声をかける。カズは今回の事件をきっかけに知り合った、医師団のメンバーであり薬剤師だ。
医師団のほとんどの人間がショウくんの魔法を解くことを諦めてしまっているけど、その中で唯一、魔法を解く為に俺たちと一緒に闘ってくれている、貴重なヤツ。
難易度の高い魔法を使うことが出来るので、今回の作戦のキーパーソンと言ってもいい。



「や、研究が進んでるか、時間が余ったから様子見に来ただけ。どう?なんか分かった?」

「うーん、まあ時間はかかるよね。そっちはー?」

「俺の方も、上手く情報が集まらない。まだまだ時間がかかりそう」

「んふふふ。お互い様、ってことですか」



積まれた樽やワインケースの側に座り見渡すと、ここに初めて来た時よりも、妙な薬品や道具、大量の本が増えているようだった。現に今も、一度も俺を見ることもないまま、研究を続けている。
手には不思議な色の液体が入ったグラスを持っており、それを揺らす度に、煙と甘い匂いが濃くなっていく。どうやら原因は、この実験のせいらしい。



「なんか凄い煙と香りだけど、それ何?昨日までやってたのと、全然違くない?」

「んふふ、一旦、王子の魔法を解く為の魔法を研究するのはやめたの。今やってるのは、少しでも元の王子でいれる時間を長くするための、その魔法の研究」

「…どういうこと?」

「言ったでしょ?一時でも、元の王子に戻れる瞬間が絶対来るって。その時に、ちょっとでも長く前の王子の姿を保つことが出来たら、あのお姫様も喜ぶんじゃないかと思ってさ」

「なるほどね。それならきっと、アンナ姫も喜んでくれると思うよ」

「でしょ?あのお姫様には、ちょっと迷惑かけたから、これぐらいのことしないとな、って思って…」

「迷惑?」

「んー?こっちの話」



カズがショウくんの魔法を解くためだけじゃなく、アンナ姫のフォローまで考えてくれていたと知って、なんだかほっとした。
なかなか上手く事が進まない状況なだけに、少しでも救われることがあるのは、きっと姫にとっても良いことだ。
樽の上に山積みにされた文献や、カズなりにまとめた報告書やメモ書きが、本人の努力を物語っている。俺も負けないように、もっとしっかり、今まで以上に積極的に動いていかなくちゃな……、



「“研究材料費・500ギモーヴ”…?」

「ん?」

「“ショウ王子の魔法が解けた際の成功報酬・5億ギモーヴ”……っておい、なんだこれ!?」



積まれた書類を手に取って見ていると、その中に数字ばかりが並んでいる紙を見つけて、思わず声を上げた。ギモーヴはこの国の通貨であり、書かれた数字は余りにも高額だ。
まさかとは思い、カズにその紙を付きつけると、あっちゃ〜見付かったか…と、わざとらしく反応をする。



「カズ、お前、金目当てでやってんのかよ?!」

「人聞き悪いなー、ちょっと。金目当てって…!俺は確実に貰えるだろう成功報酬を考えてただけで、それは別に当然のことでしょ」

「当然?」

「何かお礼でも、ってことになった時の為に、すぐに金額出せるように、俺が先にそれを出しといただけだって。結構、正当な金額だと思うよ?」

「っ、だからって、」

「まあまあまあまあ!…俺がきちんと魔法を解く為に研究をしているのは、ジュンがよく知ってるでしょ?あの日から俺が休んでるの、見たことある?」

「無いけど…」

「でしょう?んふふふ。だったら、これは気にしなくていいんじゃない?それに、もう訓練の時間でしょーが。ほら、早く行った!行った!」



不敵な笑みを浮かべながら、俺を追い払うように、背中を押す。
確かにカズの言う通り訓練の時間だし、連隊長の俺が遅れるワケにも行かないので、そのまま地下の酒蔵から出たけど、蟠りと、服に付いた妙な香りだけはそのまま残った。



「くっそ!なんだ、あの金額!こっちが真面目に感動してたっつーのに…!…おい、そこの小隊、まとまり悪ぃーぞ!」



今日の始まりから続く自分の空回り感と、マイペースすぎる仲間たちにイライラして、つい部下にも怒鳴りつけてしまう。
でも、怒るのにもエネルギーは必要なワケで、訓練が終了した時には、もうすっかり疲れ果てていた。
自分のペースを取り戻す為にも、部下を見送った後、そのまま見回りついでに、馬に乗って敷地に異常が無いか確認していく。


ショウくんが魔女に魔法をかけられる前は、馬術や剣の稽古の相手をしたりと、仕事を終わった後でも忙しかったけど、きっと今より充実していた。
今のショウくんは、王子としての業務はこなしてはいるものの、誰にも心を開いてはくれないので、そういうことには声が掛からなくなってしまったのが残念だ。
せっかく、前よりも剣の技術も上がっていたところだったのに……、



「やった〜!出来たぁ〜!!」

「!?」



自分らしくない感傷に浸っていると、広い丘の向こう側にある森の方で、やたらテンションの高い声が聴こえた。誰だか考える必要もないその特徴的な声は、明らかにマサキであり、思わずため息を吐いてしまう。
一応ショウくんのペットであり、今はアンナ姫が世話している犬だ。もう陽が沈んでいるのを考えると無視するワケにもいかず、仕方なく馬と一緒に森へ向かう。



「おい、マサキ!お前、まだ姫のとこに帰ってなかったのかよ、って……。なんで、人間に変身してんの?」



でも、そこに居たのはいつもの犬の姿ではない、野原の上で大の字に寝転んでいる、人間に変身したマサキだった。
久しぶりに見た人間の姿にびっくりしていると、俺に気付いたマサキが起き上がり、嬉しそうに話しかける。



「ねえ、ジュン!見て、見て!俺ね、変身がね、今までよりも長く…あっ、変身って人間のね?それがもっと、」

「っ、お前ちょっと落ち着けよ!何言ってるか全然分かんねーから!」

「あ、ごめん。ちょっと待って、深呼吸…ふぅー!」



無駄にテンションが上がってて、元は犬だからということにしても、何一つ伝わってこないマサキの喋りを一旦制止する。
人間に変身したマサキはどこからどう見ても完璧な人間であり、真っ白な犬の時とは違う、茶色の髪が特徴的だ。

ま、もちろん首輪は付いたままだけど。



「はぁ…。で、なんだって?」

「うん!俺、人間の変身が今まで1日に1回で30分だけだったでしょ?でも、あれからずーっと特訓してて、1日に3回!しかも変身時間も45分に伸びたの!」

「45分って…。なんか微妙な時間だな…」

「ちょっ、そういうこと言うなって!」

「ふーん。でも、ずっとそんな特訓やってたなんて偉いじゃん。感心した」

「でしょっ!?ショウちゃんの為に悪い魔女をやっつける為にも、人間の姿の方が有利かな〜と思って、俺頑張ったの!」

「へえー」

「ね!だから、魔女を掴まえるっていうイザという時は、俺も連れてってよ、ジュン!お願いっ!」

「そういうことか…」



この前の、ショウくんの痣を確認するという作戦でのマサキのミスと、俺が言った一言を、本人なりに重く受け止めていたらしい。
正直、今のところ人間としての能力よりも、嗅覚や聴覚だったりの、犬としてのマサキの能力の方が役に立つ気がするんだけど。でも、特訓のせいで汚れまくった姿を見ると拒むことは出来なかった。
もしかしたら、マサキもアンナ姫と同様、ショウくんの近くにいた分、辛い想いをしている1人なのかも知れない。



「…分かった。連れてってやるよ」

「本当!?」

「でも、姫に心配かけんな。お前が散歩の途中でいなくなった、って心配してたぞ」

「そっかぁ〜…。分かった!ちゃんと、帰ったらアンナ姫にごめんなさいって言うよ、俺!」

「ん、そうして。でも、ギャーギャー騒ぐなよ?アンナ姫だって、色々やらなくちゃいけないことがあるんだから」

「ひゃひゃひゃ、分かってるってば!ねえ、ジュン!それよりさ、俺特訓でクタクタだから、お城まで乗せてって!いいでしょ?」

「犬に戻るなら、な。早く、その変身解け」



俺がそう言うと、素直に変身を解いて元の犬の姿に戻る。白い毛は、犬になっても汚れたままだ。
でも、手綱を引く部分にマサキを乗せて城へと戻る間、ずっと特訓の成果を聴いていたら、その汚れた毛並みを、いつかショウくんにも見せてやりたいと思った。
意味があるのかはともかく、魔法が解けたショウくんは、きっと笑ってマサキを褒めてやるのに違いない。ショウくんがマサキを可愛がっていた理由が、なんとなく俺にも分かってきたような気がした。


なのに、せっかくのその想いを、本人が打ち消すような真似をする。



「ねえ、ジュン!」

「んー?」

「ジュンってさ、いつになったら元の姿に戻るの?」

「…は?」

「やっぱり、家に戻ってから?ねえ、どうやったら、そんな長い時間ず〜っと変身してられんの?俺にも教えてよ!」



無駄にキラキラした瞳で、俺に向かって変身の裏技なるものを訊いてくるマサキ。
おい、まさかお前……、



「ってか、ネコに戻るとこもう1回見せてよ、ジュン!」

「っ、ネコじゃねーよ!お前と一緒にすんなって言ってんだろ!!っ、…おい!馬から下りろ、お前!」

「ええっ!なんで!?」



こんな調子で、ショウくんの魔法が解ける日が、本当にいつの日か来るんだろうか。

答えは、まだ見付からないままだ。





End.


→ あとがき





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