新しい出会い - 1/2


学校帰りの夕方、店内に入るとiPodをオフにして、ヘッドホンを外す。
常に最大音量で聴いているせいか、いつもこの瞬間、現実世界の方が静かな気がして仕方ない。
けど、すぐに耳に馴染んでくるのは、あらゆる音楽が、あらゆる場所でけたたましく自己主張している、たくさんのリズムとメロディーたちだ。
どの店でも、どのフロアでも同じ。私が無条件でワクワクしてしまう、特別な場所の一つがここだった。



『確か、今日が発売日だったはず…』



洋邦、ジャンルごとに分けられているコーナー。立ち並ぶ視聴機。
NO MUSIC, NO LIFE!が信条の私にとって、CDショップは新しい音楽との出会いがある、素敵な場所。
いつも暇さえあれば立ち寄っては、出会う度に自分の世界が広がっていく感覚を楽しんでいた。
その出会いは、計画的な時もあれば一目惚れの時もあるけど、なんだって良い。私の生活を、楽しく彩ってくれるならば。



『あ…!しまった〜…。この人も、今日発売だったんだっけ。すっかり忘れてた…』



全てのジャンルがまとめ置かれているニューリリースのコーナーに、今日のお目当て以外のCDが目に入って、思わず手に取った。
でも、今日の所持金のことを考えて、すぐに元の場所へ戻す。
頭の中にあるリストにはこの作品名が追加され、そのチェック欄には“保留”のスタンプを押していく。
とりあえず今は、全部のコーナーを見て回ってからの方が良い。



『…お金間に合ったら、買ってあげるからね』



そう言って、また足を進めていく。
このコーナーよりも、ジャンルごとに揃えてくれているコーナーの方が、日本では知名度の無いアーティストでも、きちんと用意されているはず。
今リストに追加されたアーティストは、比較的日本でも有名なアーティストだった。
目的地である“Hip Hop/Rap”のコーナーに着くと、ネットでチェックしていたものと同じジャケットが、店員さんのポップと共に並んでいる。



『あった…!』



何か特別な才能があるわけでは無いけど、音楽を聴くのは小さい頃から大好きだ。
今は洋楽の方が買うのも聴くのも多めだけど、基本は国もジャンルも年代も問わないし、聴かず嫌いなんてことは無いつもり。
あらゆるジャンルに歴史があって、アーティストによって、あらゆる想いがある。
自分には無い価値観に触れるのも、自分とリンクするものに出会えるのも、それは私にとって、どんな時だって凄く幸せだった。


上手く言えないけど、なんだか自分が自分でいることに、誇りを持てる気がするのだ。



『今月一番楽しみにしていた、待ちに待った新作!…うわ、凄い。参加してるアーティストも超豪華…!』



CDケース裏のリストを見て、聴く前からテンションが上がってしまう。でも、こんな風に同じレベルで音楽のことを話せる友達が周りにいないのが、密かに残念だった。
親友である川乃は、CDショップにも話にも付き合ってくれるけど、私ほど興味があるわけでは無い。
無理に勧めるのはただのエゴだし、何より川乃は川乃で、私と同じように夢中になれるものがあるのだ。
それをお互い尊重していかなくちゃ、親友とはいえないし……、



「あれ?…夕城さん?」

『え……、!?…』

「やっぱり。…こんにちは。帰り?」

『あ、…う、うん…』



少し遠くで自分の名前を呼ばれ、ふと我に返った。
でも辺りを見回し、呼んだ人を探し当てると、目を覚ます時よりももっと大きく目を開く。自然と声のボリュームは下げられていき、顔も身体も強張ってしまう。
彼の方は分からないけど、少なくとも一気に緊張感が走ったのが、私の世界に居たらば分かったに違いない。


気付けば、たくさんのCDたちの前で、櫻井くんと一緒に立っていた。



「奇遇だね?こんなとこで会うなんて。うちの制服のヤツいるな〜、と思ったら夕城さんだった。はは」

『そう、なんだ…』

「? 、1人?進藤さんとかと一緒じゃないの?」

『ううん。…川乃は部活に入ってるから』

「あー、そっか。俺はさっきまでニノと一緒だったんだけど、ニノはバイトがあるからって」

『そっか…』

「なんか忙しそうだよな〜。部活入ってるヤツも、バイトしてるヤツも」

『………』 



もし私が学校以外の場所で知ってる人の顔を見付けたら、絶対に声をかけるなんてことはしない。
色々と詮索するのも、詮索してるんじゃないか、って思われるのも、なんだか疲れるから。


でも、櫻井くんは声をかけるタイプらしい。
私の記憶が確かならば、彼と話をするのは初めてのはずだ。なのに、余りにも気さくに話しかけられて、どうすればいいのか分からなくなってしまう。
つい先日、この人とは絶対に関わることは無いだろう、と思っていたのに、いきなり話をしなくちゃいけない状況に追い込まれるなんて聴いていない。
そもそも、ニノがバイトで〜なんて言われても、私は二宮くんとだって喋ったことが一切無いって言うのに、どう反応すればいいっていう……、



『……!…』

「夕城さん、もしかしてそれ買うの?俺も、ちょっと気になってんだよなぁ〜、それ。でも、そのアーティストの曲聴いたこと無いから、自分に合うか分かんねーし…」

『……』

「でも見た感じ、参加してるアーティストとかプロデューサーが超好みなんだよね。すげー迷う」



そう言って、さっきまでの私と同じように、裏に記されている曲目を見つめる。片方の手には、既に何枚かのCDを持っており、その全てがHip HopやRap、R&Bといったジャンルだ。
でも、なんだかその姿が私の持つ彼のイメージと一致しなくて、つい、まじまじと見つめてしまう。



『櫻井くん…、それって自分用?』

「え?」

『あ…。なんていうか、…そういう音楽聴くの?櫻井くんも…』



櫻井くんは、クラス全員満場一致で学級委員に選ばれるぐらいの優等生。
成績も常にトップクラスで、まだ新しいクラスになってそんなに経っていないけど、授業態度も真面目そのもので、どの先生からの信頼も厚い。
そんな人がHip Hop?Rap?R&Bやジャズ、クラシックならまだ理解出来るけど、こんな、いかにも尖ったジャンルの音楽を聴くなんて、私のイメージには少なくとも無い。
しかも、私と彼が今気になっているアーティストは、Rapというジャンルの中でも、所謂ギャングスタ・ラップと呼ばれるものだ。優等生の彼とは、何もかもが両極端すぎる。



でも、私の言いたいことが分かったらしい櫻井くんは、少しの間の後、茶目っ気たっぷりに笑い、こう言う。
その表情は、なんだか私の知っている彼とは、どこか違うような気がした。



「あー…、なるほどね?でもさー、そんなこと言うんだったら夕城さんだってそうでしょ?」

『え?』

「夕城さんだって、こういうジャンルの音楽聴くようには見えないよ?」

『…!…』

「つーか、女子はあんま聴かないよね?こういうの。そもそも、洋楽に興味持ってるヤツもそこまでいないし」

『うん…。そうかも。川乃も、こういうジャンルには“え〜?”って反応するし…』

「はは!それが普通だけどね。でも俺は、今夕城さんのこと色々言ったけど、夕城さんがこういうの聴いてるのは、そんな意外じゃないの、実は」

『え、なんで…』

「だって夕城さん、いっつもヘッドホン付けて音楽聴いてるでしょ?休み時間の時とか。だから、何聴いてんのかなー?って結構気になってたの。なんか、使ってるそのヘッドホンも、やたら良いのだし」

『! 、…分かるの?』

「分かるよー!まあ、他のヤツだったら分かんないかもしんないけど、音楽好きだったら、そのブランドのヘッドホンはすぐ分かると思うよ?俺、超羨ましかったもん!」



首に下げている私の自慢のヘッドホンを指差し、“やっぱ音良い?”、と櫻井くんが感想を求める。
このヘッドホン、実は3万円近くする代物で、彼が今言った通り、音楽ファンだったら憧れるブランドの一つだったりする。
私はアルバイトをしてやっと手に入れたのだけど、この音質の良さは他の物とは比べ物にならないと、初めて使った時に思った。
でも、こんなヘッドホンの凄さや良さに気付く人はなかなかいないし、興味を持つ人もいない。


今、目の前で笑う櫻井くん以外、は。



「…だから、たぶんすげー音楽好きなんだろうな、と思って見てた、実は。何回か何聴いてるのか話しかけようとしたんだけど、せっかく音楽聴いてるとこ話しかけんのも悪いかなー、と思って」

『そうだったんだ…』

「うん。で、今ここで見つけて、やっぱり〜!って。ははは!」

『ふふっ…』



櫻井くんのテンポの良い会話に、思わず声を出して笑ってしまう。気付けばそのボリュームも、普段川乃と喋ってる時と同じぐらいに戻っている。
声をかけられた時とは違い、顔や身体だけじゃなく心さえもが、緊張が解けているのを感じた。



「ね、夕城さん。なんかオススメ無い?俺、今年は部活も入って無いから、超暇してんの。音楽ファンとして、何か教えてもらえたら嬉しいんだけど」

『…私が選んだのでいいの?』

「いいよ?だって、俺よりも凄い詳しそうだし。…それとも自信無い?」

『…!…、そんなことない。私、音楽のことだったら、櫻井くんにだって負けない自信ある。…ここにある新作、ほとんど全部持ってるし…』

「! 、マジで?」

『っ、…うん』

「ははっ!…やっぱ思ってた通り、夕城さんって相当音楽好きだよね?だったら尚更、是非宜しくお願いします」



分かり易い櫻井くんの挑発に、ついムキになったけど、自分とは思えない強気な発言に我ながらびっくりした。今までは誰に対しても、こんな風に言い返したことは無い。
なんていうか、単純に音楽のことだったら絶対に負けたくなかったのだ。たとえ、相手が誰であっても。


でも、櫻井くんは気にすることはなく、その後も私の勧めるアーティストや作品の話に、きちんと耳を傾けてくれていた。
最終的には“ありがとね”とお礼を言い、元々買う予定だったCDと私の勧めたCD、計4枚を買って自分の家へと帰って行った。
帰りの電車の中、彼に選んであげたアーティストの曲を聴きながら、気に入ってくれるといいな、と思う。



――― 櫻井くんのことをこんな風に考えてるなんて、なんだか不思議だ。



「杏奈、おはよ!宿題やった?」

『おはよう、川乃。…やったけど、あんまり出来なかった。川乃は?出来た?』



次の日の朝、いつものように自分の席に着いて音楽を聴いてると、部活の朝練が終わり教室に入ってきた川乃が、私を見つけて声をかける。
一応、挨拶をし返すけど、実は川乃の“おはよう”は聴こえていないも同然だ。だって、私のiPodの音量設定は常に最大だから。
川乃には悪いけど、ヘッドホンを外すまでは、勘で会話してることも多々あったりする。



「うーん。私も微妙。でも、大丈夫じゃない?答え合わせの時、当てられなければ良いわけだし」

『ふふっ…。投げやりすぎ。もし、当たったらどうする…、』

「あっ!しょーちゃん、おはよー!」

『…!…』



川乃と出されていた宿題について話をしていると、私達の会話だけじゃなく、教室全体をまるで割るように、大きな声が響く。
それは新しいクラスになってから聴くようになった相葉くんが挨拶する声で、さっきから仲の良い友達が入って来る度に、ああやって声をかけているのだ。
前の席に勝手に座る川乃も含め、“相変わらず元気だよね〜、相葉くんって”と全員が笑うけど、私はその相葉くんの声を受け止める人の方が気になっていた。



「ははは!おはよ、相葉ちゃん。ニノも。智くんは〜…、あ、寝てんのか」

「来たばっかなのにね」

「マツジュンは?まだ来てねーの?」

「まだ来てないけど、潤くんのことだから遅刻することはないでしょ、たぶん」

「そりゃ、そっか……って、あ…。ごめん」

「翔ちゃん?」



相変わらず目立つ櫻井くんたち彼らは仲が良い。通常の席は名前順で座っているので全員バラバラだけど、ああやって集まっていることが多い気がする。
それを見て、女子のグループはキャーキャーと騒ぎ、教室はより一層賑やかになるのだ。きっと、こちらも相変わらず、といった感じなんだろう。



『あ…』

「? 、杏奈?どーかした、」

「夕城さん、昨日はありがとね?」



でも、今気付いたのだけど、彼らが率先して女子に話しかけているのは、余り見たことが無い。
もちろん、話をかけられればきちんと応えているし会話も盛り上げているけれど、特定に仲良くしているような女の子は、あの女子のグループの子たちの中ですらいない。
私の勝手な見解ではあるけど、きっと男子は男子で自分たちの世界があるし、それは男子たちだけで事足りているのだろうな、と思う。



『あっ…、ううん。私も、好きでやったことだし…』



けど、そんな女子の憧れの対象の1人である櫻井くんが声をかけたのは、絶対に私だった。
実際、彼は私の隣の席に座り、私を見て話をしているし、私自身も話しかけられている理由はきちんと分かっている。



「はは。でも、おかげで超楽しかったよ?勧めてくれたやつも早速聴いたけど、超良かったし」

『ほんと?…良かった…!』

「…でさ、またお願いなんだけど、他にも何かあったら教えて欲しいんだ」

『え…』

「今度はHip Hopとかだけじゃなく、他のジャンルからでもオッケーだからさ。夕城さんが良いな、と思うやつ教えてよ。そしたら、俺買って聴くし」

『………』

「ね?」



目の前の席に座る川乃に視線をやると、“私は知らないわよー?”といった笑顔で返される。
櫻井くんは櫻井くんで、“ダメ?”と不安そうに私を見ていて、とてもじゃないけど、それは目立つ男子の内の1人にしては、余りにも誠実すぎる姿だ。私をからかっているとは思えない。



頭が良くて、学級委員を任されるぐらい、優等生な人。
気さくで、爽やかで、女子からの人気も高い人。
私とは、絶対に共通点なんて無いと思っていた人。


でも、その彼が私と同じ趣味を持っていたとしたらどうする?答えは簡単だ。



『うん…。喜んで』

「! 、ほんと?良かったぁ〜!」

『てか、何だったらCD焼くけど、私…』

「え…。ありがたいけど、それはさすがに悪すぎない?」

『別に平気だけど…。どうせ、1枚100円もかかんないんだから…』

「そ?…うーん、だったらお礼にジュースでも奢らして?その時は。貰いっぱなしってのは、なんか性に合わないから」

『ふふっ…。うん』

「じゃあ、決まり!ほんとありがとね、夕城さん」



そう言って席から立ち上がり、私にハイタッチをした後、自分の場所へと戻って行く。
いつの間にか松本くんも来て5人揃っていた彼らは、なんてことないように会話を始め、また笑い、女子たちがそれを見てキャーキャー騒ぐ。
今起こったことが嘘みたいに、いつも通りの教室だ。


でも、その後も時折目が合うと、櫻井くんは目を逸らすことなく、きちんと笑顔で私に返事をしてくれていた。
そして、1日の授業が終わり教室から出ようとした時は、ヘッドホンで私が耳を塞ぐ前に、“念のため”と、ケータイ番号とメールアドレスを書いたメモを渡してくれた。
それを見ていたらしい、部活へ向かう直前だった川乃が、わざわざメールで、“音楽仲間が出来て良かったね!”と言ってくる。



『なんか、変な感じ…』



でも、その日の帰りの電車の中でも、昨日と同じように勧めた曲を聴く。
気付けば、次に彼に聴いてもらいたい曲を考えて、凄くワクワクしていた。


優等生がこんな尖ったジャンルの音楽を好むなんて、それはやっぱり、未だに不思議だけど。





17 コンパス

(CDショップでの新しい出会いは、CDだけとは限らないのね)





End.


→ あとがき





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