優しさの表現方法 - 1/3


自分でも、分かっていることの一つ。


学校という社会の中では、私はマイノリティーな人間。
親友はいるけど、1人で居るのは苦じゃない。凄く目立つタイプでもないし、だからといって凄く地味なわけじゃない。
つまり、誰かの気分を害することも、他の人たちに比べれば、私はきっと少ない方だと思う。
だから、そんな自分がこんなことに巻き込まれているのは、不思議というよりは理解し難かった。



『嘘…』



朝の登校ラッシュで、一際賑わう昇降口。誰もがさっさと靴を履き替え、それぞれの教室へと向かう。
そんな中、私1人だけが一時停止のボタンを押されているような感覚。
耳元では外したヘッドホンから、明るく歌うブリトニー・スピアーズの声が聴こえ、せめてiPodをオフにしようと、手探りでポケットの中を探る。


在るべきはずの私の靴が、どこにも見当たらない。



『嘘でしょ…?今日はどこに隠されたの…!?』



新しいクラスになって、約1カ月。席替えをして、2週間ほど経ったある日のこと、突然始まった現象。
朝、登校する度に下駄箱から靴が消えていて、大抵近くの使われていない下駄箱で、それが見つかる。
最初は誰かが間違えているんだろう、と思っていたけど、さすがに3回も4回も続けば、私だって何が起きているのか気付いた。


それだけじゃない。

教壇の上に集められていた、提出したはずの課題ノートが次の日の朝には無くなっていて、先生に言い訳するはめになったこともある。
なんとか先生には信じてもらえたけど、他にも学校に置きっぱなしにしていた持ち物が消えていて、川乃には相談したほどだった。
靴が移動されてるのは、状況的に放課後だと思う、と見た川乃は、部活帰りに確認しとく、と言っていたけど、それも無駄だったみたいだ。



『っ、…このままだと、授業に遅れちゃう…』



いつもだったら、1分ほどで見つかる靴が、10分経っても見つからない。
ここ最近続く、経験したことのない恐怖に押し潰されそうで、パニックに陥り、瞳がじんわり潤んでくる。
必死で靴を探しつつ原因を考えていたけど、何度考えても分からないし、そもそも、こんなことをされるほど特定の人間と関わった記憶が無い。



――― どうしよう。怖い、怖い、怖い。



「夕城…?何やってんの?」

『! 、…に、二宮くん…』



いよいよ涙が零れるんじゃないか、という瞬間、後ろから名前を呼ばれてビックリした。
振り向くと、そこに立っていたのは席替えで私の斜め後ろの席となった二宮くんで、ちょうど今、登校してきたらしい。
質問しながら、自分の下駄箱から靴を取り出し、履き替える二宮くん。
でも、先に来たはずの私が未だにローファーのままでいるのに気付くと、一瞬不思議そうな顔をしたけど、すぐに何かを理解したように、言葉を繋げた。



「…靴。…無いの?それとも、忘れた?」

『あ…、えっと、』

「ま、普通に考えて、無くなったんだろうな、きっと」

『!』

「でしょ?」

『……朝来たら、無くなってて…。ずっと探してるんだけど、見付からなくて…っ、』

「そっか。だったら、今は先に事務室に行って、スリッパ借りに行きますか。このままだと、授業も遅れるだろーしね」



そう言って私にローファーを脱ぐよう促した後、二宮くんが少し前を歩き、なぜだか一緒に事務室まで付いて来てくれる。
靴を隠されたショックと、思いも寄らない二宮くんの登場に、困惑は続いたまま。
上手く思考が働かないし、恐る恐る彼の様子を確認するけど、その横顔はいつもと変わらなく、飄々としている。
でも、事務室に着くと、そんな私をフォローするかのように、上手いこと彼が事情を説明してくれて、凄くほっとした。


すると、事務の先生がスリッパを用意してくれている間、彼がこう言う。



「…後はたぶん、掃除中にでも誰か先生が見つけてくれるだろうから、あんま心配しなくてもいいと思うよ?」

『え…』

「やってるのはクラスの女子だと思うけど、捨てたり出来るほど、度胸無いし。ま、誰が、って特定出来るわけじゃないから、不安ではあるだろーけどね」

『……』



自分でも分かっていることの、二つ目。
それは、私がマイノリティーの人間であるが故に、二宮くんとは関わることのないタイプの人間である、ということ。


新しいクラスになってから、確かにそういう人たちと出会い、嬉しいことに“彼ら”を知る機会があった。
大野くん、櫻井くん、相葉くん。それに、席替えをしたことで話せるようになった、松本くん。
彼らはクラスの男子の中でも特に目立っていて、凄く華やかな存在。絶対に仲良くなれないと思っていたけど、色んなことをきっかけに、彼らの違う面が見えてきて、おかげで充実した日々を過ごせている。



「せんせ〜!まだー?授業遅れちゃうからー」

「もう、ちょっと待ちなさいってば!」

「んははは」

『……』



でも、今日まで特に知る機会も関わる機会も無かったのが、二宮くんだった。
大野くんたちと仲が良いし、他のクラスメイトにも気軽に喋るし、喋りかけられているけど、本音が見えなくて、大野くんたち以外の人には“その場限り”な感じ。
そして、斜め後ろの席という近くの席に居ながら、私と彼はほとんど喋ったことが無い。
名前は知っているけど、特別な用が無い限り話さない関係性。たぶん、彼は興味が無ければ、自分から関わろうとはしないんだろうな、と思った。


ある意味、人によれば、彼は軽薄にすら見える。
それなのに、そんな彼が、私を助けてくれてる。私を、励ましてくれてる。



「…あとさ、余計なことかも知れないけど、さっさと担任に言っといた方がいいと、俺は思うんだ。じゃないと、エスカレートしてく可能性があるし」

『なんで、そう思うの…?』

「だって、そういうもんでしょ?女子のイジメって。陰湿だけど、早めに強い立場の人が釘刺しちゃえば、あとは怖くて動けない、っつーか」

『……』

「夕城が言いづらいようだったら、俺から担任に言ってやってもいいけど?」

『…自分で、…言うよ』

「ん。……じゃあ、せめて付いてってあげますよ。泣き出されたら、先生もパニックになるだろうしね」

『ふふ…っ、…』

「…ほら、泣いたぁー!ここで泣かれたら、俺が泣かせたみたいになるでしょーが!んふふふ」



緊張の糸が、切れたのかも知れない。二宮くんの言葉に、抑えていた涙がついに零れた。


本当は、川乃に相談した時から、ずっとずっと不安で怖くて仕方なかった。
でも、心配をかけたくなくて、無意識に笑顔を作って何でもない風に装っていたんだと思う。
いつも通りに教室で音楽を聴いたり、本を読んだりしながらも、この中で誰かが自分を疎ましく思っているんだと思うと、どんなメロディも、どんなストーリーも頭に残らなかった。
凄く、居心地が悪かったのだ。



「ま、たぶん原因は席替えで潤くんの隣になった、っていう下らない理由だと思うからさ。別に夕城がどうこう、っていうわけじゃないから、いつも通りに過ごしてればいーよ。いざとなったら、俺が潤くんに言って、直接注意するようにしてもらうしね」

『っ、…うん』



だから、二宮くんが私の気持ちを理解してくれて、さり気なく気遣ってくれたのが嬉しくて、同時に安心した。
決してシリアスになりすぎることもなく、でも、見事なまでに核心を突いた言葉とアドバイスは、気休めで言っているんじゃないと分かるから。
“大丈夫だよ”という単純な言葉よりも、私がどれだけ怖くて、どういう状況で過ごしているのか、それを知っていてくれる方が、よっぽど嬉しい。
しかも、二宮くんは全部それを言い当てるんだから、私が泣いてしまうのは当然だった。



「とりあえず、まずは教室行く前に担任のとこに行かなくちゃだな。それまでに目薬さして、その赤い目元に戻しなさいよ。んふふふ」



そう言って、二宮くんが泣きじゃくる私の頭に、ポンと自分の手を乗せた。
もしかしたら、彼はクラスの中で、誰よりも周りが見えている人なのかも知れないと、ふと思う。



――― じゃなきゃ、こんな風に“その場限り”じゃない優しさを出せるはずが無い。






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