マイノリティーな私 - 1/2


高校生になって、2回目の春。
教室の中は新しいクラスならではの新鮮さはあるけど、やっぱり、小学校でも中学校でも高校でも、全部同じだ。
男子も女子も、それぞれに幾つかのグループがあって、雰囲気もまるで違う。
そして私、夕城杏奈は、そんなクラスメイトたちを、窓際まで寄せた机に乗りながら、この時間を持て余していた。


持て余してていいのかは、もちろん別として。



『これ、いつまでやってるんだろ…』



時計を見ると、もう15時半。放課後のホームルームは終わる気配が無く、それは6月に行われる体育祭のせいだった。
実行委員や参加種目を決めなくちゃいけないのに、新しいクラスのせいか、なかなかまとまらない。
黒板の前では、学級委員長や副委員長たちがどうするべきか話していて、違う場所では好き勝手に、こちらも話し合いをしているように見える。
因みに担任の先生は出張とかで帰ってしまい、今現在、この教室は完全なる無法地帯、ってワケだ。



『早く帰りたいなぁ〜…』



正直、こういう学校行事とか全然テンションが上がらない。
運動は苦手というほどでは無いし、やってもいいんだけど、こういう風に色々と決めたりしなくちゃいけない過程が凄く苦手。
テンション上げてる人との温度差に付き合うのも面倒だし、何でもやるから、もう勝手に決めちゃって!って思う。



「ねえ、女子全員でチアガールやらない!?放課後少し残って練習してさー!」

「それ、いい〜!やろう、やろう!」

『…っ、嘘でしょ…』



教室の真ん中でグループになっていた女子たちから、そんな声が聴こえてきて、思わず苦笑する。
まだ決定事項では無いだろうけど、あのグループの派手さっていうか、強さっていうか、そういうのを考えると、チアガールも放課後の練習も、絶対に決定になるだろう。


てか早速、黒板前の委員長に提案したり、女子に1人ずつ確認を取ってるもん…。
しかも、どう見ても“やろう!”じゃなく、“やるからね!”という強制さを感じるし…。あんなの、絶対に断れるわけが無い…。



「えー…っと、夕城さん。今ね、チアガールやろうってことになったんだけど…、」

『ああ、うん。聴いてた』

「ほんと?じゃあ、色々決まったらまた言うから、宜しくね!」



そう言って、グループの1人の子が愛想の良い笑顔を振りまきながら戻って行く。
予想通りの強制参加に、断る隙も無い。



ああいう女の子って、なんだか苦手だ。無意味に目立ってて、声が大きくて、私たちは人気者、みたいな、あの自信過剰なオーラが怖い。
メイクもバッチリだし、話している内容の8割は恋バナだし、友達とは音楽や本の話がしたい私にとっては、絶対に価値観も気も合わない感じ。
でも、ああいう女の子の方が、確かにモテるんだろうなぁ、とも思う。現に同じように目立つ男子のグループは、彼女たちと仲が良いし。



『あ……』



賑やかな彼女たちのグループを眺めていると、それよりももっと奥、廊下側の席の方で、1人の女の子が注意するように私を指差す。
そこでは何人かの男子と女子がいて、部活の入っている者同士、参加種目を先に振り分けている。
私を指差したその女の子は私の親友であり、今もテニス部に入っている、川乃という子だ。


川乃は中学校部活からの唯一の友達で、高校2年の今年、初めて同じクラスになれた。
私は基本的に彼女といることが多く、グループといえるような組織には入っていない。所謂、マイノリティーな人間。
でも、川乃は私なんかより積極的だし、人見知りもしないから、男子女子関係無く、色んな子と仲が良い。グループには入らないけど、どこにでも入っていけるような、そんな子だ。
彼女は私のことは熟知しているので、“そんな目で見ちゃダメ”と注意をしたんだろう、きっと。川乃はお姉さん気質すぎて仕方ない。



『分かってるってば〜…』



彼女に合図をして、改めて黒板を見る。でも、未だに実行委員ですら決まっていないらしく、大モメだ。
なので、再びクラスメイトたちを観察し始める。



男子は女子ほどグループというものに拘りは無さそうだけど、やっぱり一緒にいるような、仲が良い友達同士の雰囲気は似ている気がする。
そして、どこのクラスでも絶対にいるように、全員から人気があって、中心になるような男子が、うちのクラスには異様に多かった。


例えば……、



「ねー、翔ちゃん。この際だから、実行委員も翔ちゃんがやれば?そんな変わんないでしょ?学級委員も実行委員も」

「いやいやいや…。この際だから、の意味が分かんねーし。つーか、学級委員は実行委員にはなれないようになってんの!さっき言ったじゃん!」

「え〜!?じゃあ、俺がやろっか?実行委員」

「え…。まあ…、相葉くんがやりたいなら、俺は構わないけど…」

「ひゃひゃ!じゃあ、俺やるよ!決まりぃ〜!」



先生とクラス全員からの推薦で学級委員になった、櫻井くん。それに、たった今、自己推薦で実行委員になったらしい、相葉くん。
この2人はたとえ喋ったことが無くても、すぐに名前を覚えられるぐらい、目立つ生徒の内の1人だ。
櫻井くんは頭が良く、相葉くんはスポーツ万能。2人とも気さくで爽やかで、良い人オーラを出しているせいか、女子からの人気も高く、このクラスにいると、それを凄く肌で感じる。
でも私は彼らと話したことが無いし、話したとしても、ああいう人気者っていうか、レベル高い感じの人たちとは仲良くなれないだろう。きっと。



『特に櫻井くんとか…。頭良すぎて、共通点がどこにも見付からない…』



無意識にそう呟きながら、他の男子たちへと視線を向ける。
すると、川乃がいるグループより後ろの席、廊下側の方で、何人かでまとまっている男子たちに気付く。
その中の1人はケータイをいじっていて、もう1人は背中を丸めながらゲーム中だ。



「つーか、ニノ。なんか、相葉くんが実行委員になったっぽいけど」

「うーわー、最悪…。絶対に面倒なことになる」

「おいっ!聴こえてるからね!そこ!」

「ははは!」



ケータイをいじっているのが、松本くん。ゲームをしているのが、二宮くん。
この2人も例に洩れず、凄く目立つのはもちろんだけど、櫻井くんたちとは、また何か違う気がする。
上手く説明出来ないけど、櫻井くんたち以上に、絶対に仲良くなれない!妙に威圧感があって、オーラが怖い。
よっぽどのことが無ければ、話しかけることも出来ないだろうし、ていうか、そんな機会は無くて良い。心から。



『はぁ…』



こうやって見てて感じるのは、このクラス内での自分の異質さ。
私が普通なのか、変なのか。よく分からないけど、ああいう女の子のグループには憧れないし、櫻井くんたちのような人気のある男子と自分が関わることも無いだろうな、と思う。
友達は多くはないけど、だからといって無理して付き合いたくもなかった。単純に、本当に大事にしたい、と思える人と一緒に居たいのだ。


だから、こうやって1人で教室を眺めてる。
だから、膝の上には本があるし、通学カバンの中にはiPodが入っている。

他の人が私をどう見ているのかは知らないけど、別に寂しいわけでは無く、自分だけの世界を楽しんでいるだけなのだ。
早く家に帰りたいのも、そういう自分の世界に没頭していたいからで……、



「…ねえ。これって、いつまで続くのかなぁ?」

『え?』



突然私の世界に響いた、一つの声。ふと隣を見ると、私と同じように机を窓際まで寄せ、そこに座っている男子がいた。
でも、彼は私の方じゃなく、ただぼんやりと教室の中を見ているようで、一瞬、声をかけられたのは気のせいかと思う。
けど、そのまま続けられた言葉と、周りに誰も彼の友達らしい人がいないのを見ると、やっぱり声をかけられたのは私らしい。



「俺ね、早く帰りたいんだよね…。でも、全然終わんねぇーし…」

『ああ…。そうだね。…私も早く帰りたいんだけど…』

「もういいから、早く決めてくんねぇかなぁ〜。…俺、疲れてきたし、眠いし…」

『ふふっ…。分かる。私もせっかく帰宅部なのに、早く帰れないし…』

「んふ。…帰宅部なんだ」



彼の名前は知らないけど、なんの抑揚もない会話は無理なく続けることが出来て、なんだか心地良い。
こうやって男子と2人だけで話すのなんて、いったい何年ぶりだろうと思う。もしかしたら、小学校以来かも。
でも、不思議に緊張は無く、騒がしいクラスメイトたちの中で、私たち2人だけは時間の進み方が違うような気さえした。



『…早く帰りたい、って…。何かやりたいことあるの?』

「んー…。何もしなくても、いいっちゃいいんだけど…」

『えっ…。何それ』

「んふふ…。でも今日はなぁ〜…。そうだな、絵を描きたいんだよね。最近、やってなかったし」

『絵?…好きなの?』

「うん。ただの趣味だけど」

『へえ…』



なんだか、意外だった。でも、彼が絵を描くことが意外なんじゃない。
もちろん、絵を描くのが好き、という人がこのクラス内にいることは意外だけど、それを何の躊躇いもなく口にするということが、凄く意外だ。
だって、こういう年頃の時って、そういうのがダサい、って思う人の方が多いのに。……同じ高校生の私が言うのは、なんだか変だけど。



「なのになぁ〜…。全然終わんないんだもん」

『ふふ…。うん』



彼の手を見ると、指の爪は真っ黒だ。でも、細く、筋張った手そのものは凄く綺麗で、思わず見入ってしまう。
もしかしたら、芸術家と呼ばれる人たちの手は、皆こういう手をしているのかも知れない。
いったい、彼はどんな絵を描くんだろう…。



「杏奈!」

『あ、…川乃…』



未だに自己紹介すらしない彼とゆったりとした時間を過ごしていると、ようやく振り分けが終わったのか、親友の川乃が私へ向かって歩いてくる。
でも、私が隣に座る彼と話をしていたらしいことに気付くと、不思議そうに笑い、そこでようやく、彼の名前を知った。



「あれー?何、大野くんと話してたんだ、杏奈」

『え?』

「大野くん、久しぶりだね。てか、相変わらず覇気が無くてビックリするんだけど」

「んふ。なんか言い方酷くない?えっと……、」

『…?…』

「っ、進藤川乃。大野くんこそ、酷くない?去年1年間、クラスメイトだったのに」

『そうなの?』

「あ、そうだ。進藤さん。顔は覚えてたんだけどなぁ…。進藤さんの友達だったんだね。えっと、…杏奈?」

『!』



呼ばれた自分の名前と彼のふにゃっとした笑顔に、ドキッとする。
川乃とクラスメイトだったということにも驚きだけど、こうもあっさりと名前を呼ばれたことも、私の中では凄く衝撃的だ。
何度も言うけど、私はマイノリティーで目立つような女の子じゃないし、ましてや男子に気軽に話しかけられるような、川乃のようなタイプでも無いから。



『うん。…杏奈。夕城杏奈』

「夕城さんね…。んふ、俺、大野智。よろしくね?」

『よろしく…』

「てか、自己紹介もしてないのに喋ってたんだ…、2人」



普通だったら有り得ない状況に、川乃が若干引き気味になる。
大野くんは大野くんで、“だって気になんなかったんだもん”と笑い、それは良い意味でなのか、悪い意味でなのか、ちょっと気になった。
でも、久しぶりに何の居心地の悪さも無く会話が出来た友達に、笑顔になる。


大野くんは自分と似た空気を感じるし、しかもそれが男子だなんて、嬉しいのと同時にドキドキだ。
他の男子たちとは違って変に目立ってもいないし、安心して接することが出来る……、



「智くん!」

「リーダぁー!」

『!!』

「あ…」



教室全体に響き渡る、2人分の大きな声。
その声の持ち主が誰かなんて、クラスメイト全員が同じ方を向くので、考えなくてもすぐに分かった。
でも、そこには黒板の前に立ち、私の隣に座る人に視線を投げかける、櫻井くんと相葉くんと、それに……、



「あなた、全っ然話聴いてないでしょ?」

「リーダー、足速いんだから、リレーに出てって話してんのに…」

「俺ぇ〜?翔くんが走ればいいじゃねーか…」

『!?』

「逃げる時とか、ちょー速いもんね!ひゃひゃ!」

「うっせーな!…ああ〜、もういいから、とりあえず智くん、こっち来て!」



櫻井くんがそう声をかけると、隣にいる大野くんが机から下り、黒板前まで面倒そうに足を進める。
その彼を待つのは、どう見ても私が関わることのないと判断したばかりの男子たちで、櫻井くん、相葉くん、二宮くん、松本くんの4人だ。
そして、そこに大野くんが混ざると、あの女子のグループがキャッキャッと嬉しそうに声を上げる。



『え…。あの4人と仲良いの…?もしかして…』



親しげに名前を呼び合い笑う様子は、どこからどう見ても友達であり、その空気に違和感は無い。
自分と近い人と思っていた大野くんが、まさかの中心メンバーの1人らしい事実に、瞳が大きく見開く。
でも、隣に残されていた彼のスケッチブックを見て、また笑みが零れた。



やっぱり彼は、アーティストだ。





17 コンパス

(同じマイノリティーじゃないけど、きっと自分に近い人だと思う)





End.


→ あとがき





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