別の世界の子 -3/4
side. N
昼休みが終わった後にある5限目の現国は、HRじゃないけど、なかなかの無法地帯だ。 先生がおじいちゃんで余り厳しくないっていうのと、弁当食べたり、遊び疲れたりした後だからか、大半の生徒のやる気が半減している。 現に、俺の前の席の潤くんはまた夜更かししたせいか、教科書を立てて熟睡しているし、大野さんは現国に限らず、この時間はいつもお昼寝タイム。 相葉さんは頭が悪いなりに一生懸命やっているようだけど、いつもよりかは大人しく、翔ちゃんはしっかり先生の話を聴いているようだった。
「ふあぁ〜…んー…」
そんな中、俺もいつも通りに机の下でゲームをやっていたけど、あと少しでクリアしそうなのに気付いて、一旦電源を切った。 目が疲れたのと、この教室の空気に退屈したのとで、思わずあくびをしてしまう。もしかしたら、明日は新しいゲームを持って来た方がいいかも知れない。
そう思い、頭の中で明日のゲームについてメモをしてると、斜め前の席に座る夕城が視界に入って、なんとなく、ペンで背中を突いてみた。 すると、ビックリした夕城がこっちへ振り向き、怪訝そうに俺を見る。
『…二宮くん、…何?』
「んふふふ。…別に?」
何の意味も無い俺の行動に、小さく“何それ…”と困ったように笑い、俺も“ごめん”と返す。 その後、夕城はいつもどおり真面目に授業を受け続け、俺はそんな夕城を観察し続ける。 新しいクラスになってから、気付けばこんなことが俺の一つの習慣になっていた。
――― ここまで誰かに興味を持つなんて、もしかしたら相葉さんたちと出会った時以来かも知れない。
夕城杏奈は、他のクラスメイトが思っているように目立つようなタイプじゃないし、言ってしまえばマイノリティーな人間だ。 内向性で、音楽や読書で自分の世界を広げるけど、それを無理して誰かと共有しようとはしないし、自分から他者と積極的に関わろうとはしない。 だから、派手で賑やかな女子のグループは苦手だし、だから、俺たちみたいに妙に目立っている人間からも一歩遠ざける。
でも、俺に言わせれば、このクラスの中でダントツに面白くて、可愛い女の子は夕城杏奈だ。
「…なあ、夕城ー?今、あのじいちゃん、何ページのこと話してんの?」
『51ページだけど…』
「そっか。ありがと」
俺がそう言って教科書をペラペラ捲ると、夕城が腑に落ちない、といった表情のまま、また前を向く。 こんな、何てことのない普通の会話に、ほんの少し怪しむように俺を見るのが夕城であって、それが俺は面白くて仕方ない。 たぶん、他のヤツだったら、俺がいつもと違う態度でこの時間を過ごしていることにも気付かないで、そのまま通りすぎちゃうだろうから。 俺には、夕城と明確な共通点があるわけじゃないけど、こういう物の見方や価値観は、ちょっと似ているな、と思う。
「…なあ、夕城ー?」
『っ、…二宮くん、今授業中なんだけど…』
でも、翔ちゃんや潤くんたちに比べれば、俺なんか共通点なんて何も無いも同然。 それでも夕城を面白いと思い、惹かれるのは、ある意味それが最大の理由なんだと思う。
だから、つまり。
俺は、こんなことを訊いちゃうんだろうな、きっと。
「…夕城って、今好きなヤツいるの?」
『えっ?!』
大人しそうに見えて、1人でいることを恐れない、実は強いヤツ。 マイペースで周りに流されることは無いけど、変化には敏感で、それは自分なりの価値観とルールがあるから。 でも、きっと今は自分で思っている以上に柔軟になっていて、常に新しい、俺の知らない世界を更新していっている。
絶対に。
『な、…な、何言って…!』
「んふふ。…今、授業中ですけど、夕城さん」
だから、もっと見せてよ、その世界。
俺も、他の4人に負けないように頑張るからさ?
17 コンパス
(もし俺が“好き”って言ったら、少しはその世界も変わったりするのかな、なんて)
End.
→ あとがき
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