別の世界の子 -2/4
side. N
多くの人間が新しいクラスにも慣れてくる、約3カ月目の学校生活。 俺自身に関して言うと、よっぽどのことが無い限り、まあまあ適当に付き合っていけばいいや、というタイプだから、慣れるも慣れないも無い。 別にクラスメイトたちをステータスで分けたり、線引きしたりしてるわけじゃないけど、一緒に居て心から楽しいと思えるヤツや、信頼出来るヤツと時間を過ごしたいと思っているだけだ。
だから、相葉さんたちとは今まで通りに、飽きもせず楽しくやっているんだと思う、俺は。
「ニノ、今日もバイトなの?」
「うん、21時まで。翔ちゃんは?稽古ごとサボってまで、この人たちに付き合ってて怒られないわけ?」
「おいっ!」
「あ…、翔くん、今日用事あったの?」
「え?いや、まあ…。でも、テスト勉強する為だし、別に悪いことしてるわけじゃないから」
いつもだったら、この帰りの電車の中は、俺と翔ちゃん、時々潤くんが加わるだけなのに、今日はやけに車内が騒がしい。 原因は、近々始まる中間テストの為であり、勉強を得意としない相葉さんと大野さんが、翔ちゃんに教えを乞うたせいだった。 …ま、騒がしさの割合としては、相葉さんがほとんどを占めてると思うんだけど。
「潤くんは?潤くんも来るの?」
「今日は予定あるから、って。でも、明日は一緒に勉強しようかな、って言ってたよ、マツジュンも」
「そっか。だったら、俺も明日からにしようかな、参加するの、」
「あっ!ねえ、そういえば!マツジュンと言えばさ〜!」
「…相葉さん。俺がまだ喋ってる途中なのに、声を被せるのは止めてもらえません?つーか電車の中なんだから、もっとボリューム下げろよ、お前!」
「はははは!」
俺が完全に言い終わる前に、相葉さんがテンション任せに話し始めようとするので、思わず突っ込んだ。 この人の長所でもあり短所でもあるこの個性を、俺らは上手く扱えてる方だと思うけど、他のクラスメイトがどう見ているかは様々だろうな。 それはきっと相葉さんだけじゃなくて、俺を含む他の4人だってそう。 大部分は、好感を持って接してくれてるのは分かる。そして、自分で言うのもなんだけど、稀にそうじゃないヤツがいるのも確かだった。
すると、そんなことを考え、1人の顔が思い浮かんだ瞬間、相葉さんがその名前を口にする。 この人のもう一つの長所は、こっちに予測させないミラクルさだ。
「マツジュンさ〜、最近夕城さんと仲良いよね。席替えしてスグは、全然喋らなかったのに!」
「あ〜…。でもあれは、夕城さんが極力関わらないようにしてた、っていうかさ。マツジュンも気ぃ遣うタイプだから、そういうの無意識に感じてたんじゃない?俺の時も、夕城さん、なんかそんな感じだったし」
「? 、そーなの?でも、翔くん、夕城さんと仲良くなったの、割と早くなかったっけ?今でも、CDとか焼いてもらってるじゃん」
「うん。でもたぶん、共通の趣味が無かったら、今でも仲良くなってなかったと思うよ。俺はずっと気になってたのに!」
「んははは。翔ちゃん、初日から夕城のこと見てたもんね?最初は何でか分かんなかったけど、帰りの電車の中で、ずっと“あのヘッドホンいいな〜”ってぼやいてるんだもん、この人」
「ははは。それぐらい羨ましかったし、気になってたんだって!」
新学期1日目、約40人もいる新しいクラスメイトの中で翔ちゃんの関心を奪ったのは、あの、やたらカッコ良いヘッドホンをした夕城杏奈だった。 帰りにさり気なくその理由を聴いて、音楽好きな翔ちゃんだったら、そりゃ気になるだろうな、と思ったのを覚えてる。
でも、夕城と最初に仲良くなったのは、たぶん翔ちゃんじゃなかったはずだ。
「つーか、智くんだって仲良いっていうか、気付いたら普通に喋ってたよね?あれって、HRの時だっけ?俺らが散々体育祭のことで揉めてる脇で、すげー2人で和んでんの!」
「んふふ。ねえ?…でも、その時のことはあんま覚えてないんだよね、俺。ただ、2人で早く帰りたいね、って言ってただけっていうかさ…」
「ひゃひゃ!リーダーも夕城さんも、やる気無さすぎ!」
「ただ、夕城さん、他の女の子と違って、本当に俺の描く絵とかに興味を持って話聴いてくれたりするから嬉しいよね。好きだよ、俺、夕城さんのこと」
「「!?」」
「へえっ?す、好き?!…って、うわ!」
突然の大野さんの告白に相葉さんが大きく反応し、同時に電車が止まって、吊革につかまっていたにも関わらず思いっきりコケた。 それを、甲斐甲斐しく翔ちゃんが手を出して起き上がらせ、その脇では大野さんがのんびりと笑って見ている。 一緒に壁に寄りかかり立っていた俺も、この人の告白の真意を読み取ろうとしてみるけど、瞬間、今まで気付かなかったんだから、すぐに分かるわけねーか、と思いやめた。 何にしても、この人のことを他の3人のように思い通りに動かせるとは、基本的に考えてない。
「えっと…。智くん、その好きって、異性として…ってこと?」
「ひゃひゃ!翔ちゃん、なんか堅い!」
「っ、うるせーな!」
「んふふ…。よく分かんないけど、そうだね。クラスの女子の中では一番好きだと思うよ」
「は、はあ…」
大野さんが何の躊躇いもなくそう返すので、こっちはそれ以上突っ込めなくなる。というか、当事者であるはずの本人が“よく分からない”と言うぐらいだから、そうなるのも仕方ない。 でも、席が近いこともあってか、確かに大野さんと夕城が楽しそうに話をしているのは、俺もよく見ていた。 この人ののんびりとした雰囲気が安心するのか、夕城も最初からストレス無く会話出来ているという感じ。 当初、夕城が持っていた俺たち4人に対する壁は、この人に限っては無かったようだった。
「あ〜!でも、俺もそう言うなら、夕城さんのこと好きだよ?凄くよく喋るわけじゃないけど、良い子だっていうのは分かるし」
「…つーかさ、相葉くんがいつ夕城さんと仲良くなったのか、それが俺的には一番謎なんだけど。あなた、気付いたら普通に話しかけるようになってたよね?」
「え、うん?だって、翔ちゃんたちから話聴いてたし、何回か夕城さんも、バスケ部の練習見に来てくれたことあったし」
「いや、だから…。どのタイミングでそうなったのか、っていうのを翔ちゃんは訊いてると思うんですけど。てか、“そう言うなら俺も好き〜”の意味が既によく分かんないから」
「ふはははっ!」
さすがというか何というか、相葉さんのする話は支離滅裂で、且つ脈絡がない。 しかも、質問の意味を理解しても、結局返ってきたのは、“へえっ?そういえば、いつからだろ?”という答えで、訊いてるこっちが先にどうだって良くなってくる。 すると、そんな俺の様子に気付いたのか、今度は逆にむきになって突っ込んできた。
「っていうかさ〜!ニノだって、マツジュンみたく最近じゃん、仲良くなったの!しかも、夕城って呼び捨てにしてるし!」
「あ、そういえばそうだな…」
「はは。席近いのにね?」
そう言って、待ってました!とばかりに3人で俺のことをからかうけど、俺だって夕城と話したくなかったわけじゃない。 ただ、物事には順序があるし、出会いにはタイミングがあると思っていただけだ。 他のクラスメイトみたく、何となく話しかけて仲良くなっても良かったけど、夕城はそういう単純なきっかけで心を開くタイプじゃなかったし、俺としても一方的に観察してる方が、なんか楽しかったから。
「んふふふ。まあ、それを言われちゃあ、俺も何も言い返せない立場だけどさ」
でも、1カ月前に、話をするタイミングが出来た。
タイミングと呼ぶには、夕城にとっては余りにシビアな状況だったけど、それも含めてタイミングだ。 それ以前から、夕城が机の中を焦って探し物をしていたり、いつも以上に大人しかったりしていたのは知っていただけに、あの日、下駄箱の前で呆然としていたのを見て、スグに嫌がらせを受けてるんだと分かった。 俺も一緒に担任に報告したのもあって、バカらしいほどあっさり終末を迎えたけど、それで夕城が安心して学校に通えるんだったら、たぶんそれが正解なんだろう。
ただ、担任が全員の前で話したのと、夕城のそれまでの様子や、下校時に俺と夕城が話しているのを見て、潤くんも気付いたのが、なんか妙にカッコ良くて悔しかったけど。 “もしかして俺のせいだったりする?”なんて真っ直ぐに訊かれて、さすがに“違うよ”とは言えなかった。 それで今更どうなるわけでも無いけど、潤くんも知っておくことで、何かしら役に立てるように頑張ってるんだろうな、と思う。あの人、あれでなかなか不器用だから。
「それより、俺ここで降りるけど、あんたたち、こんな風に無駄話してないでちゃんと勉強しなさいよ?翔ちゃん、よろしくね?」
「はははは、オッケー!」
そう言って、さっさと電車を降りる。 扉が閉まる直前まで、相葉さんが俺に向かってギャーギャーと騒いでいたのが賑やかなホームの中でもハッキリ聴こえたけど、わざと無視して歩いて行った。
「…なるほど。あの人たちはあの人たちで、色々と感じていることはあるんだな」
――― それに気付いてるか気付いてないかは、例により…って感じだけど。
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