30センチの距離 - 2/4


それでも、時間は確実に進んでいく。そして、それでも私は相変わらずでいる。
時折、川乃や大野くんたちと会話を楽しむこともあれば、お気に入りのヘッドホンで耳を塞ぎ、外界から関わりを絶つこともあった。
今は午後の授業が始まる前の昼休み時間で、私はいつも通りヘッドホンをして本を読んでいる。


席替えから1週間経ったけど、松本くんと二宮くんとは、きちんと話をするどころか、目を合わせることも出来ないままだった。



『!』



もちろん、私も相手も、お互い無視しているわけじゃない。必要ならば声をかけるし、大野くんとの会話の流れ弾で、松本くんがふられたこともあった。
ただ、二宮くんはゲームに熱中しているせいか席を移動することはほとんど無かったけど、松本くんは友達が多いのか、休み時間になると席を外し、授業中以外に自分の席に居るのは、ほんの僅かだった。
私がこの1週間で分かったのはこれぐらいで、あとは、意外にも授業を真面目に受けていて、黒板の文字を丁寧にノートに写していたのが印象的だった、ということぐらいだ。


その彼が、ヘッドホンと本で何もかも遮断している私の為に肩を叩き、昼休みが終わることを気付かせてくれる。



「…授業。もうすぐ始まるから、ヘッドホン取って、教科書用意しておいた方がいいかも。あの先生、そういうのうるさいし」

『あっ…。うん、そうだね。…ありがと』

「ん」



それを見ていた櫻井くんは“夕城さん、相変わらずだな〜”と笑い、ギリギリでバスケの練習から戻ってきた相葉くんは汗が止まらないらしく、私の斜め後ろに座る二宮くんは、そんな相葉くんにまた毒を吐く。
そして、私と同じように全てをシャットアウトし、ぐっすり眠っているにも関わらず、なぜか誰もが放置し続ける大野くんを、櫻井くんが甲斐甲斐しく起きるように声をかける。
そこで、ようやく私もiPodを止め、本にブックマーカーを挟んで、パタンと閉じた。



いつもと変わらない、いつもと同じパターン。
でも、今日は何かが違かったらしく、それは授業開始しばらくして、松本くんが話しかけてきたのが始まりだった。



「…ねえ」

『…!…、え…?』

「それ面白いの?」



先生が話す声と、所々でお喋りするクラスメイトの声が響く中、ボリュームを抑えた松本くんの声が聴こえて、一瞬何が起きたのか分からなくなった。
だって、まず何を訊かれているのかが分からなかったし、そもそも声をかけられたのが本当に私なのかすら、怪しかったから。
でも、目の前の席である大野くんはやっぱり眠っているし、後ろの席の二宮くんは瞳を鋭くし、ゲームボタンを弾いているのを見ても、やっぱり声をかけられたのは私らしい。
“私なの?”という意味を込めて、恐る恐る松本くんと目を合わせると、不思議そうな顔をした後、改めてもう一度、確認するように質問を繰り返した。



「それ…、その本。面白いの?って」

『え?』

「や…。なんか、すげー熱心に読んでたみたいだったから、なんとなく」



そう言って、置きっぱなしにしておいた机の上の本に、視線を投げかける。
それは私のお気に入りの本の一つで、電車や休み時間に読むために、今朝自分の本棚から選んできたものだった。
やっと彼の質問の意味を理解しつつも、なんでそんなことを訊かれたのかはやっぱり分からなくて、でも質問には答えるべきだと思い、なんとか言葉を繋げてみる。


心は、わけも分からずドキドキしっぱなしだ。



『ああ…、うん。面白いよ?人によるとは思うけど…私は好き』

「ふーん」

『…何度も読んでるから、展開は分かってるけど…』

「え?もう、1回既に読んでんの?」

『まあ…』

「へえー…。ってことは、それぐらい気に入ってるし、面白いんだ、やっぱ」



私がパラパラと本のページを捲る脇で、彼は頬杖をつきながら、私の説明に耳を傾ける。
授業中と言えども、核心に触れることないその会話は、ただただ私を困惑の渦に巻き込んでいくだけで、どうやって会話を展開していくのかも、もしくはどこで終わらせていいのかも、よく分からない。



『うん。…それに実際の話で、ドキュメンタリーの要素があるんだけど、ちゃんと小説らしくて読み易いっていうか…』

「あ、本当の話なんだ?確かに、なんか面白そう」



ただ、何度か目を合わせた松本くんの目が、今まで見てきたよりもキラキラしていて、同時に凄く優しく光っているように見えた。
私の話を聴く姿勢も、視界に入るノートの字も、思い浮かぶ言い表せる言葉は“誠実”や“真面目”といったものばかりで、それは私が持っていた彼のイメージとは違うものだ。
もしかしたら、今まで私が目を合わせず、気付かなかっただけかも知れないと思った瞬間、自分でも不思議なくらい、自然に松本くんに、こう問いかけていた。



『…興味あるの?』

「え?」

『なんていうか…この本に、っていうか…読書をすること、に?』

「…そんな、本読まないように見える?俺」

『あ…っ、そういうわけじゃないけど…!』



いや、正直に言ってしまえば、そういうことだ。だって、こんなキラキラオーラいっぱいで、友達がたくさんいて、人気者で、誰が読書にかける時間を持てると思う?
でも、わざとらしくため息を吐きながら松本くんは追い打ちをかけるけど、表情は悪戯っ子のような笑顔なのだ。
そんな冗談を言う一面を持っていることにすら今頃気付いて、1週間も隣に座っていたのに、何を見ていたんだろうと自己嫌悪した。


だってこれって、私が勝手に彼と距離を取っていた、ってことだと思うから。



「はは。…これでも、このクラスの中では本読んでる方じゃない?気にしたことないから分かんないけど」

『うん。みたいだね。…ごめんね?変なこと言っちゃって』

「いーよ、別に。でも、ごめんって言うなら、その本貸して欲しいかも。結構マジで興味あるし。いい?」

『ふふっ…。うん。よかったら…』



そう言って、何度も読み返したお気に入りの1冊を松本くんに渡す。
その後、またいつも通りに真面目に授業を受ける彼の隣で、私もいつも通りに授業を受ける。ただ、何かが変わっていたことは確かだった。



――― だって、ドキドキしてはいるけど、さっきよりもずっと居心地は良い。






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