道端の予言者 - 8/9
side. O
必要と思える会話を一通り終わらせた後、見計らうように、もう一度自ら声をかける。 余計なお節介を焼くようなタイプではないし、何か上手いことを言えるわけでもないけど、彼女をこのままにするのは余り良いことじゃない気がした。
「…そういえば、さっきはごめんね?勝手に翔くんと2人だけで話しちゃって。仲間外れにされたみたいで、気分悪かったでしょ、きっと」
『え、ああ…。でも、気分悪いだなんて、そんなこと…』
「そう?でも、どうしても確認しなきゃいけなかったんだよね。ちょっと、心配してたことだったからさ…んふ」
そう言うと、当たり前だけど、ハナちゃんは困惑したように俺を見つめる。 そんな彼女の様子を伺いつつ、そのままわざと何でもない風に話を続け、少しずつ核心に近付ければいいな、と期待をした。
「んふふ…何て言うのかな?この先にあるもの、っていうか…。簡単に言えば、夢だよね。そういうの、翔くんには忘れて欲しくなかったから」
『夢…?翔ちゃん、の?』
「んふ…気になる?今度訊いてみたらいいよ。翔くん、そんな簡単に自分の夢を話すようなタイプじゃないけど、ハナちゃんも教えてあげれば、もしかしたら教えてくれるかも知れないし」
さり気なく、でも確実に。諭すように、ハナちゃんを見る。 “夢”というワードを聞いて、どんな風に反応をし、どんな風に言葉を返すかなんて、もちろん正解は無いし、誰が決めるものでもない。 でも、こんな風に影を背負い、孤独や苦しみに慣れてしまっている子には、その問いかけこそが必要だと思った。だって、俺にはその影が、必死にもがいているようにも見えて仕方ないから。
すると、突然の切り返しに戸惑いながら、彼女はこんな風に返す。 声は小さく、目は伏せられ、選んだ言葉は哀しい響きを持っていた。
『夢なんて、そんな…。生きていくので精一杯で…、』
「……」
『私は間違いだらけだから…。他の人と同じように、夢を持つ資格なんて無いと思う…』
「そ、っか…」
そう言い終わると同時に、黒とグレーのオッド・アイが、再び暗い闇に沈もうとする。 今すぐにでも泣き出しそうなのに、決して涙は零れない。それが余計に切なくて、より一層、その瞳を感情が見えないガラス玉のようにさせていた。 離れた場所にいる翔くんに視線を移すと、まだ電話が終わる気配は無く、ハナちゃんとは真逆に、楽しそうに笑っている。
やっぱり、このままじゃダメだ。分かっていたことだけど、無視なんて出来そうにないな、俺には…。
「…だったらさ?ハナちゃんには、これあげるよ。俺が作ったやつで、まだ試作品なんだけどね」
『え…、ブレスレ…ット?』
「うん。翔くんには内緒ね」
道具箱の片隅に入れておいた、とっておきのシルバーのブレスレットを、彼女の掌にそっと乗せる。 実験的に作って、売るかどうか迷っていたアクセサリーシリーズの一つだけど、取って置いて良かった、と思った。 特別なものではないけど、どんな物だって、受け取る人によっては支えにもなるし、大きな意味持つことにもなる。
こんな風に、想いを込めるだけで。
「ハナちゃんは資格なんて無いっていうけどさ…。そんなことないよ」
『え?』
「…これが、その証。だから、安心して夢を持っていいんだよ?」
『……』
「大丈夫。ちゃんと、このブレスレットが導いてくれるから」
そう言って、ブレスレットを小さな手の中にギュッと握らせる。 静かに見つめては、躊躇うように触れていたけど、俺がもう一度同じ言葉を繰り返すと、僅かに光が見えた気がした。
急がなくていい。無理もしなくていい。必要ならば、いつだって頼ってくれていい。 ただ、これだけは分かっていて欲しいし、信じて欲しい。
「大丈夫だよ」
嘘じゃない。約束するよ。
End.
→ あとがき
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