道端の予言者 - 6/9
side. O
ずっと絵を見ていてくれた女の子の瞳が、事あるごとに、少し離れた沿道付近を彷徨っていることに気付いたのは、つい5分前。 そこには、ケータイを耳に当て話し込んでいる、見覚えのある1人の男性が立っていた。 まさかの再会劇に内心驚きつつ、彼女に彼氏なのかと尋ねたら、想像していた以上の答えが返ってきて、もっと驚いたけど。
「マジで!?うわー、すっげー偶然!はは!なんで?どうしてたの、今まで!」
「んふふ。どうしてたのって、見ての通りだよ。大して変わってないかな、俺は」
懐かしい大きなリアクションと、相変わらずのイケメンぶり。それなのに何の気負いもなくて、本気で笑う時は俺以上に顔をくしゃくしゃにする。 パッと見は昔のままの友達の姿に安心していると、唯一、未だにこの状況を把握しきれていない女の子が、彼の服の端を軽く引っ張った。 最初に話した時よりも、感情が浮いて見えるようになった彼女の瞳の変化に、密かに心の中で、あれ?と首をかしげる。
『翔ちゃん…?』
「え?ああ…悪ぃ、そっか。…んーと、この人は大野智っていって、俺の一個上で大学の時の先輩。智くんは美術学部で、俺は経済学部だったから、校舎は全然違かったんだけどね」
『大学の先輩…』
「へへ…先輩って言っても、俺は一度留年しちゃって卒業は翔くんと一緒だったの。だから、先輩も後輩もないよ」
「はは!だって智くん、卒制出す時期に普通に絵を描きに海外行ってんだもん!大丈夫なの?ってメールしても、全然反応無いし!」
そう言って、さっきから俺の記憶のままの表情を変わらず見せてくれるのは、本人が説明した通りで翔くんだ。 正直、留年した時のことを言われても、俺はそうだったっけ?って感じなんだけど、たぶん翔くんが言うんだから間違いないんだろう。 確かに俺の方が年上だけど、俺なんかよりも翔くんの方がずっとしっかりしているのは、今も昔も変わらない。 それなのに、もしこの子が言った通りだとしたら……まあ、それはそれで翔くんらしいのかな、きっと。
「あ…で、智くん。こっちが俺の…何て言うか、」
「あ、うん。さっき教えてもらった。翔くんのペットなんでしょ?」
「へ?」
『…っ、…』
「ハナちゃんだっけ?可愛い名前だよね。もしかして、翔くんが付けたの?ペットっていうくらいだもんね」
最初は恋人同士だと思っていたから、ご主人様とペットだと知った時はちょっと変な感じがしたけど、まあそれはそれでアリなのかな、と思う。 こうやって、翔くんとハナちゃんという女の子の様子を見る限り、特に支障は無さそうだし。
でも、どうやら俺が思う以上に、ペットの件は2人にとって説明し辛い話題だったらしい。 俺がペットと口にした瞬間、ハナちゃんは気まずそうに翔くんを見つめ、その翔くんはしゃがみ込んで頭を抱えてしまった。
「っ、ぅおい、ハナ!マジでお前…っ、…あ゛あぁ〜…もう…!」
『ご、ごめんなさい、翔ちゃん!だって、知り合いだとは思わなかったし、それにまさか…本気にするなんて、思わないし…』
「えっ。俺のせいなの?」
恨めしそうにハナちゃんはそう言うけど、俺が信じたのは、外でもない彼女のせいだ。 本人は意識していなくても、その瞳に感情がきちんと表に出ている時はいつだって、翔くんのことを目にしたり、口にしたりした時だった。 その時はそれが何でだか分からなかったけど、だからこそ嘘じゃないと思ったし、こうやって2人一緒に並んでいる姿を見た今、その理由もようやく分かった気がする。
そして、それはたぶん、間違っていないはずだ。
「いや!つーか、それ以前に絶対誤解してるでしょ、智くん!?マジで、一からちゃんと説明させて、お願いだから!」
「ええ〜?いいよ、もう何となく分かったし、面倒臭そうだし…」
『っ、ふふ!』
――― 瞳は嘘を吐かないって、やっぱり本当なんだな。
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