道端の予言者 - 3/9
もしかしたら、初めてだったかも知れない。
この通りで余り見かけることのない、路上で絵を描いている人の元へ向かいながら、ふとそう思う。 それは、散歩というよりデートの感覚が強かった今日の約束のことでもあるし、たった今、電話がかかってきた為に放って置かれていることでもある。 共通する人は翔ちゃんで、心が浮き立つような幸せも、突然襲い掛かってきた妙な寂しさも、初めて感じたような気がした。 もう一度、そっと後ろを振り返ると、路肩に避けた翔ちゃんは、既にケータイを耳に当てている。
『仕事の電話なのかな…』
ご主人様に我がままは言わない約束。自分をそう納得させ、気を取り直して再び足を進める。 遠くからでも分かった色取り取りの作品たちは、近づけば近づくほど、もっとはっきりと自己主張をしてきた。
『凄い…!』
路上で絵を広げ売っている割に、その本人には余り愛想が無いのか、スケッチブックに向かったまま。私に気付くような素振りすら無い。 でも、思わず息を呑み、自然と称賛の言葉を呟いてしまうぐらい、彼の作品は素晴らしかった。
風景画に、抽象画。油絵に、水彩。デフォルメされたユーモラスなオブジェに、イラストやスケッチ。 キャンバスだけじゃなく、簡素な紙やダンボールの上にも広がった世界は、独創的でありながら、同時にとても繊細だ。 見ているだけで、これらの全てが丁寧な工程を経てここにあるのが分かるし、彼のアートに対する想いも感じられる。 未だにスケッチブックと向き合う彼を取り巻く空気は、張り詰めるような緊張感さえあるのに、作品はどこまでいっても穏やかだった。
『綺麗な色…。たくさんの色が混ざってるのに、ちゃんと調和してる…』
まるでトリックアートのような色の使い方をしているのに、それが現実に存在しているかのような、彼が描く世界。 不思議だけど、もしかしたらこの人には、本当にこんな風に見えているのかも知れない。 小さい頃に夢見ていた、お伽噺にも似た彼の絵は、なんだか妙に懐かしくて、ついうっとりと見入ってしまう。
『翔ちゃん…』
早く、この素敵な作品を翔ちゃんに見せてあげたい。翔ちゃんと、一緒に見たい。 さっき、映画を2人並んで観たように、色んなことを翔ちゃんと共有したい。だから、早く、早く……、
『っ、…最低。結局、我がまま言ってる…』
――― だって、翔ちゃんとじゃなきゃ意味が無い。他の人とじゃ、何かが違う。
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