太陽と月 - 7/9


side. A



目的地も告げないまま、でも何の迷いもなく2人で向かった先は、小さいと言うよりは小さすぎる、とある公園だった。
遊具も少ない上、周りを厚い草木が覆ってしまっているせいで、たとえ昼間であっても子供を見かけることは多くない。
でも、おかげで静かにゆっくり話が出来る、俺とマツジュン、杏奈だけの大切な場所。


そこの階段に2人で腰掛けると、杏奈の付けるボディバターの香りがする。
香水よりキツくなくて、美味しそうなピーチの、俺の大好きな香りだった。



「あのさ…ごめん、ね?いきなり押しかけちゃって…。でも、杏奈も分かってると思うけど、このままじゃいけない気がしたから…」

『うん…』

「杏奈…、ショウちゃんって…誰?」



訊きたいことも、知りたいことも、言うべきことも、今の杏奈にはたくさんある。でも、一番知りたいのは、やっぱりこの名前の人のことだった。
一度姿を消した日から何があったのかとか、今はどこに住んでいるのかとか。
そんなのは後から幾らでも訊けるし、漠然とだけど、その疑問の全てがショウちゃんという人に繋がっている気がした。
だからこそ、こんなにも焦るし、不安になる。その人が、杏奈の全てを変えちゃったんじゃないかと思って。



「杏奈…?」



俺の問いかけに、杏奈は目を合わせようとはせず、ただ俯くだけ。でも、瞳には強い意志が見えた。
これからどう話せば俺に納得してもらえるか、それを必死に考えている。どう説明すれば、今在る現実を保つことが出来るのか、必死に考えている。
いつもだったら、何を考えているかは読めない杏奈のオッド・アイが、この時だけは、不思議なくらい透けて見えた。


あ、ヤバい。



『翔ちゃんは……、私を助けてくれた人…』

「え?」

『…今はその翔ちゃんのところで、ペットとして一緒に暮らしてるの』

「……」

『黙っててごめん…』



小さな声、けどしっかりとした杏奈の声は、一瞬時を止めたんじゃないかと錯覚するような響きを持っていた。
ただでさえ、ショウちゃんという名前が気になって仕方のないワードなのに、同時に得た情報は余りに突飛で、衝撃的で、いかがわしくて……且つ、意味が分からない。


ペットとして一緒に暮らしてるって、何?



「え…?ちょっ…杏奈ごめん、それってまさか、」

『! 、違うの!』

「違う…?」

『っ、…なんていうか、別に変な意味じゃなくて…!』

「杏奈…?」

『本当にただのペットっていうか同居人で…、私が言い出した冗談に、翔ちゃんはノってくれてるだけっていうか…』

「……」

『翔ちゃんは凄く優しいし、真面目で一生懸命な人だし…。それに、私の無茶なお願いも聞いてくれるような、バカ正直な人で……っ、それに…、』



何度も何度も、同じような言葉と表現を使いながら説明をする杏奈は、俺でも分かるぐらい支離滅裂になっている。
俺に話しているのに無視しているような語り口は、どこまでいってもショウちゃんへの想いばかりで、声にも表情にも、確かな温度がある。
そして恐ろしいことに杏奈自身は、それを3分近くも続けていることも、それが何を意味しているのかも、全く気付いていないようだった。



「っ、…」



こんな説明で、納得なんか出来る?何をどう聞いても、割り算の余りのようなものが心に残ったままなのに?

でも、これ以上、こんな杏奈も見ていたくはなかった。
こんな風に、ショウちゃんの為に必死になっている杏奈なんて。



「もう!…もういいよ、杏奈…」

『え…』

「もう…、十分に分かったし…!ひゃひゃ…」

『で、も…』

「大丈夫だって!だって…、杏奈が信じて一緒に暮らしてる人なんだし…」

『……』

「凄く…きっと、良い人なんだよね?その…っ、…ショウちゃん…っていう人…」



その名前を自分で口にした瞬間、やっぱり俺をこんな気持ちにした犯人はこの人だ、と強く思う。
苦しくて苦しくて、ちゃんと笑えているのか、涙は零れていないか、声は震えていないか…。杏奈の顔を見ながら、必死に言葉を紡いだ。
でも、そんな俺を余所に、杏奈は頬をピンクにして、安心したように笑顔でこう言った。



『うん…!凄く…』



心が壊れていくのを、今までにないぐらい感じてる。

だってその笑顔は、俺が見てきた杏奈の中で、一番可愛いと思ったものだったから。






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