太陽と月 - 6/9
side. A
俺の声に顔を上げた杏奈は、一瞬気まずそうに、黒とグレーの瞳を動かした。 どれだけのことが俺たち2人の間で起きようと、こんな風に杏奈が俺を見たことはない。
今までされたことのない反応に、密かに心臓が嫌な音を立てた。
『…どうしたの?ここに来るなんて、珍しいけど…』
「っ、…うん、なんていうかさ?杏奈とちゃんと話したいな、って思って。…何時に終わる?ここの仕事。俺、ここでお茶して待ってるから、この後2人で話せない?」
『…あ、…えっと…、』
「……」
『この後、は……』
「…待ってるから。…ね?」
カウンター越しの杏奈にそう告げて、そのまま少し離れた2人用のテーブル席に向かう。 考えても考えてもどうすればいいのか分からないから、思い切って杏奈の働いているカフェに会いに来てみたけど、やっぱり失敗だったかも。 あれだけ幸せそうな表情を見せていた杏奈が、声をかけてすぐに顔色が変わるなんて、俺の想像には無かった。 念を押すように、笑顔でああ言ったけど、あのまま杏奈の返答を待っていたら、つい意地悪なことを言ってしまいそうな勢いだった。
たとえ今の杏奈に、それに気付く余裕は無かったとしても。
「…ってか、何をどう訊けばいいんだろ…。マツジュンにだって訊き出せなかったのに…」
注文して運ばれてきたコーヒーを前に、情けない声を出す。 あれから何度もケータイを鳴らしているけど、マツジュンが出る気配は無く、それが余計に俺の心を重くしている。だってそれってつまり、マツジュンが本当に俺のことをライバルとして見ている、ってことだと思うから。 テレビでよく見る青春ドラマやラブコメだったら、そんな関係性も悪くはないのかも知れない。 でも、俺はマツジュンほど頭が良くないから、一つずつきちんと確認する作業をこなしていかないと、納得も出来ないし、前に進むことも出来ないのだ。
『雅紀…?』
「!」
『待たせてごめんね。仕事終わったから、もう出れるけど…』
約30分後、私服に着替え、緩くまとめられていた髪を下ろした杏奈が、俺の座る席までやって来る。 可愛いくてシンプル。でも、悪く言えば素っ気ないほどの装いは、当然ながら、周りにいる女性客より着飾ってはいない。 でも、誰よりもキラキラしていて、どの女の子よりも、確実に俺の心臓を鳴らす。それが出来るのは、絶対に杏奈だけだった。
そんな杏奈が、伺うように覗くカップの中身を俺は一気に飲み干し、いつも通りの笑顔を見せる。
「うん!じゃあ、行こっか?」
半分以上残っていたコーヒーは、もうとっくのとっくに冷めきっていた。
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