太陽と月 - 5/9


注文されたカフェ・ラテと人気のシフォンケーキ。それらを手際よく用意しながら、何度も客席を盗み見る。
少しずつ落ちてきた太陽は確実に店内をオレンジ色に染め上げ、トリニダードチェアが作る美しい影も、くっきり浮かび上がって来ていた。
北欧テイストの木を基調としたリラックス出来る空間は、それだけで魅力が大幅にアップする。



『平日でもデートするカップルって多いんだ…。知らなかった…』



このカフェで働き始めてから、なかなかの時間をここで過ごしてきたはずなのに、今更そんなことに気付く。
外の天気や空気がこのカフェに与える影響には嫌でも敏感になるけど、どんな人がここに来て、どんな風に過ごしているかは興味が無かった。
綺麗に手入れされたネイルに、華奢なヒール。絶やすことの無い笑顔も、全部目の前の彼の為。


視界には入っていただろうけど、今までこんな風にお客さんを見たことは無かった。



『翔ちゃん、今頃何してるかな…』



そんな幸せそうなカップルを観察しながら、小さく呟く。不思議なことだけど、こういう時、いつも思い出すのは翔ちゃんのことだった。
今日は何時に帰ってくるんだろう、とか。頑張り過ぎてないといいな、とか。私の作ったランチのサンドは食べてくれたかな、…とか。



『ふふ…っ』



出来る限り、自分に出来ることは何でもしてあげたい。尽くしたい、と言うのは重すぎるかも知れないけど、今あるのは、正にそういう気持ちだった。
今朝、作って渡したランチ用のサンドもその一つで、逆に迷惑かも…と思いつつも、翔ちゃんのことを想うと、作らずにはいられなかったのだ。


自分らしくない行動に、時間が経った今でも、思い出すと妙にどぎまぎして落ち着かない。
でも同時に、茶目っ気たっぷりに笑って受け取ってくれた翔ちゃんの姿も思い出して、自分でも気付けるぐらい、口角が上がっていく。
隠しきれない誠実さも、はにかんで笑う姿も、優しい瞳も…。全部好き、と思える。
私の作ったランチは、忙しい翔ちゃんの、一息つくきっかけになってくれているだろうか?



『なってればいい、な…』



願い事は声に出すべきだと、昔聞いたことがある。期待にも似た想いは、ラテの仕上げにココアパウダーで描いたハートみたく、甘く感じた。
でもその瞬間、影が手元を覆い、聞き慣れた声が降りかかる。



「…なーにが?」

『!…』



甘みは苦みがあって、より甘く感じるもの。そして、今の翔ちゃんとの生活が輝いて見えるのは、元の生活がまだ自分の中にしっかり残っているからこそ。
でも、それだけじゃない。この時、何か強く違和感を覚えたのは、決して自分の都合のせいだけじゃない気がした。



『雅紀…』

「へへっ、…来ちゃった!」



――― 彼のいつもの明るい笑顔と声が、ほんの少し苦く感じたのは、私の気のせいだろうか?






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