知らない名前 - 5/9


side. M



事務室がある1階の廊下をドタバタと走り抜け、そのおかげで何度か人にぶつかった。
ゴールである場所が近くなると、集まっていたと思われる女子たちは俺と相葉くんに気付き、気まずそうに道を開ける。
その先には、そんな騒ぎに気付いているのか、それとも気付いているのに無視しているのか。飄々とした調子を崩さない、相変わらずの女が1人だけだ。


紛れもなく、この1週間、俺たち2人が必死に探し続けた女。
今の今まで、ずっと俺たち2人の頭の中をジャックし続けていた女。



「杏奈!!」

『…! 、…潤、雅紀…』



俺が大きな声で名前を呼ぶと、一瞬の間の後、ハっとしたようにこちらを見る。まるで、今やっと、自分がどこにいるのか気付いたみたいに。
相葉くんは待ち切れないとばかりに杏奈に駆け寄り、俺もそれに続こうとするけど、記憶に無い服装に足が止まった。


濃い桜色のポロシャツに、淡いミントグリーンのミニスカート。
ちょうど細い腰で止まるそれは、シフォンのように柔らかそうだ。杏奈の白い肌にもよく映えていて、凄く似合っている。
でも、あんな服、今まで見たことがあっただろうか?



「っ、杏奈!今まで…っ、あれからどうしてたの!?俺、めちゃくちゃ心配で…っ!」

『ま、雅紀…』

「っ、…もぉ〜!俺、杏奈に何かあったんじゃないかって、夜も眠れなかったんだからね!!」



けど、そんな密かな疑問は深く追求する間も無く、感極まった相葉くんがすぐに打ち消した。
涙目になって杏奈を抱き締める姿は、さっきまで俺に食って掛かってきたヤツと同一人物とは思えない。
同じくらい心配していたはずなのに、同じように振る舞うことが出来ない俺からすれば、イラつくのと同時に、凄く羨ましい性格だ。


思わず、小さく舌打ちをしてしまうぐらい、凄く。



「っ、ケータイ鳴らしても、全然出てくれないし…!」

『ケータイ…?あ、それは…』

「…俺も相葉くんも、お前がいなくなったって言うから、この1週間ずっと心配してたし探してたんだよ。なのに連絡すら取れないし、と思ったら、こうやって普通にスタジオに来るし」

『……』

「杏奈、ちゃんと説明してくれないと、俺たち納得出来ないんだけど」

「マツジュン…」



自分の想いばかりを吐露してしまいがちな相葉くんを見兼ね、少し強めに問い質す。これだけ心配させておいて、見つかって良かったね!なんて言って終わらせられるわけがない。
すると、切迫したこちらの状況に気付いたのか、杏奈が場所を変えていいかと俺たちに訊く。瞳を逸らすことなく真っ直ぐに見据える姿は、覚悟を決めたようだった。


でも、きっと、だからこそなんだと思う。


話をする為に裏口の駐車場へ移動する際も、盗み見した、ほんの少しの仕草でさえも。杏奈の纏う空気がいつもと違うような気がして、その違和感に戸惑った。
着ている服だけじゃない。それが何かも分からない。でも、杏奈特有の何かが、急に色を薄めたような気がする。
そう感じているのは俺だけじゃないらしく、途中、相葉くんがこっそり俺に耳打ちをした。



「ねえ?なんか杏奈、今日はあんまり寂しそうじゃないね?変な言い方かも知れないけど」



――― それなのに心がざわつくって、いったい何なんだろう。






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