知らない名前 - 2/9


side. M



それは、約1週間前に突然始まった。


真夜中の3時に鳴り響く、ケータイの着信音。自分が今居る場所もはっきりと思い出せないまま、手探りに枕元のケータイを取る。
青白い光を放つ画面には見慣れた名前が表示されていて、思わず毒づいた。
散々、俺の寝起きが悪いとか言ってネタにしているくせに、この時間に電話をかけてくる、あいつの神経が分からない。



「っ、…あいバカ……!」



きっと、自分も俺も、いつも通りに夜を楽しんでいるんだろうという、暗黙の了解からくる行動。
現に寝ていたベッドから体を起こすと、隣には人の気配を感じて、ああそうだ、今日も“色々”あったっけ、なんて思い出す。
でも、だからと言って、この時間に電話をかけてくるのは非常識だし、天然すぎる。それを察するぐらいの能力はあるはずだろ、普通。



「おい!誰に電話してんのか分かってんだろー、」

「! 、マツジュン!ね、ねえっ!?今、杏奈と一緒だったりする!?」



通話ボタンを押して、すぐさま噛みついてやったと思いきや、逆に言葉を遮られる。
無神経な時間に電話をしておいて、更にそんなことをする電話の相手は相葉雅紀だ。俺にとって、“友達”という説明をするのが、非常に迷うヤツでもある。



いつもの明るい声だったら、一蹴してやるところ。でも、電話越しに聴こえてきたのは、パニックに陥った時ならではの、早口で独特な上ずり声。
加えて、文句を言う暇もなく出てきた名前は、いつだって、どんな時だって、俺の思考を支配する力があった。
絶対にその名前の女じゃないことは分かっていても、隣で眠っている女の顔を確認してしまうのは、そういうことなんだと思う。


そして、同時に気になったのは、そんなストレートな質問をしてくる今の状況だった。



「いないけど…。何?杏奈がどうかしたの?」



もし、相手が相葉くんじゃなかったら、敢えての挑発行為なのかも知れない。でも、俺たち2人の間では、ずっと見て見ぬふりをしてきたことでもある。
それを今更、しかも、こんな真夜中に。
何か良くないことが起きたんだと、相葉くんが答える前に感じ取っていた。そして、それは残念ながら、真実だったらしい。



「っ、…い、いなくなっちゃった……」

「え…?」



相葉くんの悲痛な声と、深夜だというのに賑やかな街の音。それが一瞬何も聴こえなくなり、その後、意識は一つの方向へ向かう。
電話で話を聴くにも、相葉くんは混乱し過ぎていて、何を言っているのか状況が見出せない。
それが余計にイライラして、乗ったタクシーが待ち合わせた場所に着く頃には、毒づくどころか、完璧にキレていた。



「どういうことだよ、杏奈がいなくなったって!」

「ま、マツジュン…!そ、それがさ…」



こんな時に、気を遣う余裕なんてあるわけない。
思えば、俺たち2人が変わっていったのも、この瞬間からだった気がする。






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