1ピースの宝物 - 6/7


side. S



コーヒーの良い香りが立ち上る脇で、ミックスベリーのタルトが宝石のように輝いている。
大方の買い物が済み、家に帰る前のほんの少しの休息時間をカフェで過ごしていた。
余った2脚の椅子には大量の紙袋が置かれており、これを見るだけで、時間も金も消費したことが一目瞭然だ。
その紙袋の中にはハナの服や靴、化粧品、生活雑貨はもちろん、現状、俺の家に足りないと指摘された物も多く入っている。



「なんか…。分かってはいたけど、女の子の買い物って本当に大変なんだな。疲れてないの?ハナは」

『ううん、平気。それよりも凄く楽しかったから』

「そ?なら、いいけど」



そう言って笑うと、ハナも笑顔を返し、タルトを一口食べる。
出かけようと誘った時から、瞳の陰りは完全に消えることはなくとも、昨晩よりもずっと笑顔は増えていて、まるでそれは無邪気な子供みたいだ。
買い物自体も、いきなり下着店に引っ張られそうになったことを除けば俺としても順調で、何より楽しそうに試着を繰り返すハナを見て、ペットと言えども、改めて可愛い女の子なんだと気付かされた。
試着に付き添ってくれていた店員さんが、逐一褒めていたのは、きっと本心からだろう。



『ねえ、翔ちゃん?翔ちゃんはまた今更って言うかもしれないけど、今日は本当にありがとう。こんなに色々、私の為に買ってくれて…』

「はは。ほんと、今更」

『ふふ…。でもね、…大丈夫?』

「? 、何が?」

『お金…』

「…!…」



本当は無理をしているんじゃないかと、俺の真意を探るように見つめる。
買い物中、商品を手に取る度にハナは俺を不安そうに見つめ、その度に遠慮するな、と声をかけていたけど、やっぱり気にはなっていたらしい。
確かに冗談混じりの脅しがあったとはいえ、これだけの物と住むスペースの提供を、家事を請け負うというだけで手に入ったら、少しは疑いたくもなるだろう。
でも、残念ながら俺にとっては、ハナがしてくれたことは“それだけ”じゃなく、とても価値のあることだと思っていた。



「まあ、ハナの言いたいことは分かるけどさー…。言ったじゃん?一応、俺は飼い主なんだって。俺なりに飼い主としてしっかりやっていこうって覚悟決めたんだから、あんま気ぃ遣うようなこと言うなよ〜、逆に困るから!はは」

『翔ちゃん…』

「それに俺、これでもエリートなの。休み返上して働いてきたし、たぶん、ハナが想像してる以上に稼いでるんだ、俺」

『でも…、せっかくのそのお金を私に使っていいの?』

「どうせ、他に使う予定も無かったしさ。別に、こんなの痛くも痒くもねーよ。だから、マジで気にすんなって。な?」



そう言って、わざとペットにするように、ハナの頭の上にポンと手を乗せる。
言ったことに嘘は無く、必要以上に稼いでいることも、使い道が無かったことも、紛れもない事実だった。
ハナも一瞬“本当に?”という顔をしたけど、俺が続けた言葉に、またさっきのような笑顔が戻る。



「それにそんな心配より、今は今日の夕食のことを考えて欲しいんだけど、俺は」

『…!…』

「ずっとまともな食事してこなかったら、今朝作ってくれたのだけでも感動レベルだし、夕食も正直かなーり期待してんの!そこの期待は、マジで裏切らないで欲しいんですけど、俺的に」

『ふふっ…、分かってる。…じゃあ翔ちゃん、何食べたい?何でも言って?』

「ええぇー…、いざ訊かれるとなぁ〜…。あ、カレーとか?」

『いいけど…。そんな簡単なのでいいの?』

「簡単なの?俺の中では未知の料理なんだけど」



俺のカレーに対する反応に、ハナは声を上げて笑うけど、つまりはそういうことで、俺は出来ることをやっているし、ハナも出来ることをやってくれればいい。
はっきりとは言えないけど、単純にそういうものじゃないのかな、と思うのだ。それがたとえ、飼い主とペットという、奇妙な関係だとしても。



「おし!そろそろ帰るか。暗くなってきたし」

『うん』



席を立ち、カフェを出ると、買い物中も何度もしてきたように、すぐにハナが腕に抱きついてくる。
どういうつもりなのか分からないけど、こういうことに俺は慣れてないし、恥ずかしくて仕方ない。
だから、俺も買い物中と同じように注意をするのに、また逆手に取られてしまい、思わず苦笑した。



『ふふ。だったら、ちゃんと私にリード付けて散歩するようにしてね。翔ちゃん』

「っ、それは……色々と問題が起きそうなんで、勘弁して下さい…」



でも、それでも分かる。


バランスの摂れた食事も、行き届いた掃除も、これから作られるであろう、ちょっとした習慣でさえも、絶対に俺は拒否しないし、きっと出来ない。
自分でも不思議だけど、未だに本当の名前すら知らない女の子に、今までにない居心地の良さを感じているのだ。
もし、この現実が嘘だったとしても、ずっと覚えていられるような気がするぐらいに、それを確信している。だから、また笑ってしまうんだ、きっと。



「ま…、いっか」

『?、何か言った?翔ちゃん』

「はは…。何も?」



パズルのように少しずつ、でも、確実に心に埋まっていく1ピース。

これが、あの時自分に足りなかったもの。そして、俺の今の宝物だ。





End.


→ あとがき





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