1ピースの宝物 - 5/7
休日土曜の午後、街中は想像していた以上に賑やかだった。 足を止めれば人とぶつかるのは絶対で、その人込みを作るのはたくさんの家族連れだったり、友達同士だったり、カップルだったり。 誰もが笑顔で歩いているのは当たり前の光景なのかも知れないけど、その中に自分がいるのが不思議だった。
同じように、笑顔で。
「やべぇ、超久しぶり…」
『? 、何が?』
「ああ…。こうやって休日に出て歩くのが。ずっと仕事が忙しくて、こういうことする余裕無かったからさ」
独り言のように呟いた一言に私が反応すると、そう説明し、歩きながら街中の変化を確認していく。 翔ちゃんの暮らしぶりで分かってはいたけど、やはり仕事は忙しく、プライベートを充実させる暇は無かったらしい。 でも、やっと作れたんだろうその時間を、昨日出会ったばかりの私の為に費やしてくれていると思うと、体がふわふわとしてくるようだった。
「ハナは?」
『え?』
「いや、やっぱ女の子だし、こうやって出て歩くこと多いのかなー、って」
『あ…。そんなこと、ないよ?…私も久しぶり』
「そっか」
『うん…』
何てことない、素朴な質問にそう答えると、翔ちゃんは納得したように笑顔で返し、また前を向く。 でも、その隣で私は、今した嘘でもない本当でもない返答に、忘れかけていた自分の日常を思い出す。
厳密に言えば、出て歩くことはある。アルバイトは一応しているし、行かなくちゃいけない場所もあるから。 ただ、それを翔ちゃんに言うのは、なんだか躊躇してしまう。言えば説明しなくちゃいけない部分が出てくるし、それを伝えるのはとても怖く、私にとって勇気がいることだった。 今、視界に入る幸せそうな世界から、放り出されそうな気がした。
「てか、ハナ、入りたい店とかあったら言ってな?俺、そういうの全然分かんないからさ」
『ふふっ。うん、分かった』
だからこそ、出来る限り長く、この幸せな世界に浸っていたいと思う。 上手く言葉には出来ないけれど、翔ちゃんと一緒にいると凄く楽しくて、ずっと笑っていられるということだけは分かっていた。 今まで密かに夢見てきたもの、望んできたものが、翔ちゃんの側に居ることで近くに感じられる、触れることが出来る。こんな私でも。
『あっ!翔ちゃん、あの店に入りたい!』
「オッケー、…って…。ええぇ…。ああいう下着関係の店はさぁ〜…。俺、外で待ってるから、ハナ1人で…」
『えー、なんで?翔ちゃんも一緒に来て!ね?』
「いやいやいやいや!マぁジで無理っ!つーか、どう考えても俺は必要じゃなくね?!」
たくさんのショップが並ぶ通りで可愛い下着屋さんを見つけ、翔ちゃんを誘う。でも、どんな店か分かった途端に表情は変わり、渋るように歩くスピードが遅くなる。 たかだか店に入るだけなのに、過剰なまでに反応し、全力で断ってくるので、それが面白くて、わざと自分の腕を翔ちゃんの腕に絡め、そのまま引っ張って行く。
『翔ちゃん、行こ!』
「っ、ちょ…!?離せって、ハナ!」
『ふふふ…。やーだ!』
そして、気付いた。
私がペットとして側に居ることを選んだ意味、わざわざ翔ちゃんに名前を付けてもらった意味を。
「ハナ!!」
私は、違う自分になりたかったのだ。きっと。
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