1ピースの宝物 - 4/7
そこは、リビングとキッチンに隣接したロフトだった。 真っ直ぐ立てるほどの高さは無いけど、生活するには十分なスペース。そこから下で待つ翔ちゃんを見下ろすと、大きな瞳と目が合う。
「そこ、使ってないからハナの好きにしていいよ。一応照明もあるし、不便は無いだろ?」
『うん…。でも、いいの?本当に』
「はは、今更何だよ。いいから言ってんじゃん。ただ、登る時は足踏み外さないようにな?落ちたら大変だし」
『うん』
翔ちゃんの住むこの家は12階建てマンションの8階で、公園が目の前だ。 独身男性1人が住むには広すぎるスペースや、使い切れてない素晴らしい家具を見るに、良い意味でも悪い意味でも、翔ちゃんが余裕のある人なんだろうな、と分かる。 自分の今まで身に置いてきた環境を考えると、羨ましくもあり不相応な気がするけど、食事を作ったり、掃除や洗濯をしたりすることで役に立てるのなら、何でもしたいと思った。 私がこんな風に考えるのはおこがましいし、らしくないかも知れないけど。
「…で、あとはこれ」
『…!…』
「この家の鍵。これと、俺が持ってるのしか無いから、失くさないように気を付けてな?」
『う、ん…』
慎重に階段を下り終えると、今度は鍵を渡してくれる。何の飾り気も無いそれは、ずっとどこかに仕舞われていたのか真新しかった。 手にしながらも、本当に受け取っていいのか翔ちゃんを伺うけど、逆にどうかした?とばかりに見つめ返されてしまう。
「そういえば、ハナ。お前、ケータイも持ってないの?」
『え?…あ、うん…。その内、新しいのは用意しようと思ってるけど…』
「そっかぁ〜。うーん…。じゃあ…今はとりあえず、この家のと俺のケータイ番号メモして渡しとくわ。何かあったら連絡して?公衆電話からの着信も大丈夫なように設定しておくからさ」
そう言うと、私が返事をする前に、サイドボードに置かれたメモ帳に2つの番号を記していく。途中、そういえば…と、この家の住所や部屋番号も足す。 自ら望み、無理に頼んで得たこの状況だけど、与えられた物と情報は余りにも貴重なものばかりだ。 昨晩の様子を見るに、決して常識が無いわけじゃないし、警戒心が薄いタイプでも無い。普通の男だったら何を要求してきてもおかしくないのに、でも、だからといって下心があるようにも見えない。 仕方なくやっているのかも知れないし、私の都合のいい勘違いなのかも知れないけど、翔ちゃんは純粋に、“私”という人間を信用してくれているように見えた。
なんだか、どう反応すればいいのか、よく分からない。
「…っし!じゃあ、これにて家の案内と説明は終了。ルールは随時決めて追加していく。これでいい?」
『うん。ありがとう、翔ちゃん』
「どーいたしまして。…えーっと…。今、14時過ぎたところか…」
壁に掛けられた時計と、自分のしている腕時計の両方の時間を確認して、翔ちゃんが何かを考える。 その間、私は手渡された鍵とメモ用紙の文字をなぞりながら、また無意識にも微笑んでいる。 すると、今正に思い付いたかのように、翔ちゃんがこれからの予定を提案する。
私は案の定、上手くすぐには反応出来なかった。
「それじゃ、ハナ。まずはその俺の服脱いで、昨日の自分の服に着替えてきて」
『え?』
「もうだいぶ時間も経ってるし、服も乾いてんだろ。さすがにその格好で買い物には連れてけねーし」
『買い物…?』
「服。…ねーんだろ?他にも生活していく上で必要なものあるだろーし、揃えておかないと困るんじゃねーの?」
『でも…。私、お金は…』
「それはもういいって。分かってっから。…ほら?なんつーかさ…、うん」
『…翔ちゃん?』
「…ハナには掃除とか色々やってもらったし、これからも当分続くわけだし、そのご褒美、っつーか…」
『……』
「それにほら!?…っ、一応ハナはペットで、俺は飼い主なんだろ?だったら、俺がきちんと世話しないと…さ?」
自分の発言が間違っていないか、私の反応を伺うように、恐る恐る言葉を締める。 でも私は、気まずさと照れの間で迷っている翔ちゃんを見て、本当に裏表の無い、こういう人なんだろうな、と実感した。 それがどうしようもなく嬉しくて、幸せで、この瞬間まで何かと想いと一致しない反応ばかりしていた私が、今度はしっかりと、翔ちゃんに笑顔で返事をする。
『ありがとう、翔ちゃん。大好き!』
――― どうしよう。なんだか、自分じゃないみたい。
・
|