1ピースの宝物 - 2/7
side. S
仕事の都合で、この数カ月間はほとんど家で過ごすことは無く、正にビジネスホテルと化していた俺の家。 ベッドルームも使用していたとはいえ例外ではなく、基本的にカーテンは閉じたまま。夜…というより深夜しか居ない分、開け閉めするだけ無駄なのだ。
「あっつ……」
『…ゃん、…ねえ…しょーちゃ…?』
それなのに、一寸の狂いも無く取り付けられているはずのカーテンの向こう側から、眩しいほどの光が差し込み、俺の顔を照らしている。 隙間どころか、もはや全開しているとしか思えないほどの眩しさと熱量は、この数カ月間を振り返り考えても有り得ない。 耳元で響く元気な声も睡眠の妨げになっていて、せめて、もうちょっと気力があれば、この声の持ち主にカーテンを閉めてくれと言うところだ。
「うーん…?うるせぇーなぁ…。静かにしてくれよぉ…」
『…しょーちゃん、もう11…きて?…ねえ…!』
その瞬間、突然金縛りにあったかのように体が重くなり、身動きが取れなくなる。 見知らぬ元気な声は、馴れ馴れしくも俺を“翔ちゃん”と呼び、動けないこの体を揺さぶっている気もする。 まさかの心霊体験かと頭を過るも、こんな明るい光が溢れているはずなのに、それこそ有り得ねぇ! でも、そんなツッコミも、カーテンを閉めてと懇願することも、今の俺の気力じゃ到底無理だ。だって、昨晩は大変だったんだよ。残業もあったし、人も拾って一緒に暮らすことになったり……、
「!!」
『翔ちゃん、起きてってば!』
全てを思い出し、重かったはずの瞼が一気に開く。目に飛び込んできたのは1人の女の子で、俺のペットとなったハナだった。 一夜明けて“ペット”というワードに益々疑問が湧くけど、今はそれどころじゃない。そのペットが飼い主である俺の上に乗って、体を揺らしている。
道理で重いはずだよ!俺はトトロじゃねーぞ!?
「なっ…!?ハナ、何やってんだよ!…っ、今すぐおりて!」
『じゃあ翔ちゃん、起きてくれる?』
「起きる、起きる!」
『ふふっ…。分かった、おりる』
大人しくおりると同時に、トンという、足が床に着く軽い音がする。 ようやく体が解放され、しぶしぶ起き上がって時計を確認すると、まだ11時を過ぎたところ。 確かに何かあったら起こしてくれていいと言ったけど、就寝時間を考えると、正直寝足りない。 でも、ペットであるハナは、昨日熱があったとは思えないほど元気な様子で、内心ほっとした。きっと、これならもう心配無い……、
って!
「ちょっと待って?それ、俺の服じゃね?!」
目を覚ましたばかりでぼやけていたピントをしっかり合わせよく見ると、ハナが着ているのは俺のブルーのチェックのネルシャツだ。昨夜着ていた、白いワンピースじゃない。 メンズサイズだから、確かに華奢なハナの体型にはワンピースとして十分通用するけど、俺のクローゼットから勝手に引っ張り出してきているのは絶対で、何よりチラチラ見える素足が、目のやり場に困る。
何だこれ?まだ試されてんの?俺。
『うん、翔ちゃんの服借りてる。可愛いでしょ?』
「いや…可愛いけど、そういうことじゃなくて…。昨日の服は?」
『翔ちゃんの服と一緒に洗濯してる。私、他に着替える服無いし、本当はブラとかの下着も洗いたかったんだけど、翔ちゃん、間違いがどうとか言ってたから、困るかなーって』
「ああ…、そこは一応考慮してくれたんだ?ってか、洗濯って…。してくれたの?」
『? 、だってそういう約束でしょ?翔ちゃん、洗濯物溜めすぎ。というか、洗濯機の使い方知ってる?』
「ふはっ。バカにしすぎじゃね?それぐらい出来るから!」
厳密に言えば、きちんと約束したわけじゃない。でも、本当にやってくれたのが嬉しくて、冗談混じりの質問に笑って返す。 すると、何か思い出したようにパッと表情を変え、再びベッドの上に乗って俺を見た。
『翔ちゃん、だから翔ちゃんのこと起こしたの。一応食事も用意したから食べて?』
「え、マジで?」
『うん。これ以上時間過ぎちゃうと、ランチになっちゃうし…。お腹空いてない?』
「いや、空いてる。…分かった。そういうことなら、顔洗ったらすぐ行く」
『うん…!良かった』
そう言って、パタパタと部屋を出ていく。まさか、本当に食事まで作ってくれるとは思わなかった。 結局、昨日はほとんど何も食べずに終わってしまっただけに、空腹レベルは極限状態。 勝手に服を着ていることは後で追及するとして、今はリビングルームから漂ってくる甘い良い香りのために、さっさと着替えるべきだ。
「つーか俺、ワイシャツにネクタイ締めたまんまだし…。食べたら、シャワー浴びよ…」
我ながら、色んな意味で、数時間前の俺はツッコミどころ満載だ。
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