魔法の瞳 - 6/7


side. S



時計を見ると、針は朝の4時半になることを示していた。
途中に仮眠を取ったとはいえ、約3カ月という期間をハードスケジュールで働いてきたんだ。それに加え、残業。そして、この究極の選択。疲れていないはずがない。
心から、今日が土曜で良かったと思う。これは、完全に昼まで爆睡コースで決定だな…。



「悪ぃ、ハナ。家の説明とかは明日…っつーか、もう今日だけど、起きたらするから。このままだとぶっ倒れそうだから、一先ず眠らせて?」

『うん』

「なんかあったら、そっちのベッドルームに居るから起こしてくれていいし…、あとはなんだ?シャワー浴びたきゃ、バスルームはそっちだし…、」

『ふふっ…。うん、分かった。分かったから、翔ちゃんもう寝ていいよ?』

「え?あ、でも…」

『いーから!』



おぼつかない口調と思考の俺に気を遣うように、ハナがベッドルームまで背中を押す。
今までずっと一緒に暮してきたようなその空気感が、妙に安心して、どこかくすぐったい気もした。
というか、今日初めて会った人間と、普通にこうやって会話してること自体が、なんだか不思議だ。なんで俺、こんな順応してんだろ?



「あ…。そういえばさ?」

『?』



ベッドルームの扉が開き、足を部屋に踏み入れた瞬間、密かに気になっていたことをふと思い出した。
未だにあの脅しが本気なのかジョークなのかは分からないけど、もう家に置くことは決定したんだ。様子を見る限り平気そうだけど、きちんと確認しとくにこしたことは無い。



「本当にもう大丈夫なの?体調」

『…!…』

「どっちにしろ、熱があったことは確かなんだから、ハナもきちんと眠った方がいいぞ?」

『うん、…そうだね。ありがとう、翔ちゃん』



笑顔で、きちんと返事をしてくれたことに安心する。
でも、扉を閉める瞬間、リビングルームから漏れるライトに照らされ、オッド・アイがほんの少し光ったように見えたのが気になった。
ベッドへダイブし、完全に思考が停止するまで、ずっと今日起きたことと、その黒とグレーの瞳のことを考える。今日は、色々ありすぎた。



「ペット…」



未だかつて、自分の人生でこんなことあっただろうか?いや、無い。
どれだけ特別な経験を幾度となくしてたきたとしても、女の子を拾い、これから一緒に住むなんていう決断はしたことが無い。しかも、たった1日どころか、出会って数時間しか経っていない相手なのに、だ。
それに、どこまで本気にしていいのか分からないけど、彼女は俺のペットで、俺はご主人様っていう、おかしな関係。おかげで、彼女の本当の名前は知らないまま。決して、まともとは言えない。



「ハナ、か…」



それなのに、どうしてだろう?不思議なことに、これからの生活に不安は一切無かった。
一大決心とも言えるほどの選択と決断。けど、若干の困惑はあっても不安は無い。人生が変わると言っても、過言じゃないはずなのに。


俺、本当にどうしちゃったんだ?



『おやすみ、…翔ちゃん』

「ん……」



静かに、囁くように聴こえた声。そして思い出す、オッド・アイ。
これから先、どんなことがあっても解けなかった、魔法がかかった瞬間だ。


そう。だから、後悔なんてしてない。

この日の、自分の決断を。





End.


→ あとがき





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