魔法の瞳 - 5/7


side. S



「っ、…分かった!居て良いよ、居て良い。そのかわり、住む家が見付かるまでの約束だからな!?」



出来レースに負ける瞬間。ある意味分かっていた結末だけに、そこまでのダメージは無い。
でも、こうやって口に出すと、なんて俺はお人好しなんだろう、と改めて自分が情けなくなる。最後に咄嗟に付け足した条件が、俺の精一杯だ。



『!! 、本当に?…ありがとう、翔ちゃん!』

「っ、!?どう、いたしまして?」



小さい子供のように、もしくはペットのように自分の懐に飛び込まれるという、派手なリアクションに声が上ずった。
ついさっき、もし間違いが起こったら…って言ったよな?俺。これはなんだ?試されてんのか、俺?
行き場の無い腕の居場所に困っていると、安心したことに彼女から体を離してくれる。でも、その後が悪い。
どうやら、おかしな条件はまだ生きていたらしく、弾けた笑顔のまま続けられた言葉は、またも俺の脳内コンピューターを一旦停止しかけた。



『じゃあ翔ちゃん、早速私に名前付けて!』

「え?」

『名前!だって、ペットには名前が必要でしょ?翔ちゃん、私のことなんて呼ぶつもりでいたの?』

「え、いや、それは普通に君の名前で良くね?っつーか、別にペットとしてじゃなくて、同居人として居てくれていいんだけど!」

『やだ、そんなのつまんない。それに、私が翔ちゃんに付けて欲しいの。ダメ?』

「っ、ダメじゃねーけど…」



まさかの本気のペット宣言に、また少し困惑する。
なんでペットになるのが前提なんだよ!と突っ込みたいけど、確かに生活していく上で名前は必要であり、名前を付けて欲しいと言われて断る理由は無かった。
何より、つまらないと言われちゃ、言い返す言葉も無い。そもそも俺は、この件に関して彼女より不利な立場にいるのだ。たとえ、真実は潔白だとしても。



『ふふ…。可愛い名前がいいな。私、ペットとか飼ったことないから、よく分からないけど…。翔ちゃんは何か飼ったことある?』

「え?ああ…。いや、無いけど…」



そう言って、彼女がCDラックのCDをチェックしながら、名前が決まるのを待つ。
小さく口ずさむ歌声を聴いて、いったい何の曲なんだろう、と思った。やけにクラシックなメロディだ。



『“a dream is a wish your heart makes”…』



その様子を見ながら、再び湧いてくる疑問。彼女が目を覚ましてから、ずっと覚える違和感。
ペットになるなんて無理を言い出すくらい、何かに切羽詰まってる理由が犯罪絡みのことじゃないならば、ヒントはあの寂しそうな瞳にあるんだろうか。
口元は笑っているはずなのに、未だに瞳の奥は切なく色を染めている気がする。


まるで、本当に拾われるのを待っている子犬みたいに。



『…翔ちゃん?』

「え、あ…!っと、じゃあ…。っ、名前はハナで!」

『え?』



右が黒で、左がグレーの綺麗なオッド・アイ。
引き込まれるようなその瞳が、なぜ陰って見えるのだろうと考えていると、またいつの間にか彼女が目の前に立ち、俺を見上げていた。
気まずさ故に出した名前は、“適当”というより“テキトー”で、彼女の反応含め、逆にもっと気まずかったけど。



『ハナ…?』

「うん。ハナ。ダメ?」

『ダメ…じゃないけど…。因みに第2案はあったりする?翔ちゃん』

「はあっ!?ねーよ、そんなもん!つーか、暗に嫌って言ってるようなもんじゃん、それ!もう勘弁してくれよ〜…。これが俺の限界!」



どうやら俺の付けた名前がお気に召さずみたいだけど、どっちにしろ他に浮かぶのは安易な名前ばかりだ。俺の中では、“ハナ”は一番マシで可愛い方だと思う。
でも、俺が情けない声を出すと、彼女が“翔ちゃんの限界早すぎる。ストック少なすぎる!”と笑い、こう続けた。



『ふふっ…。でも、分かった。ハナでいい。せっかく、ご主人様である翔ちゃんが付けてくれた名前だもんね』

「ご主人様って…。まあ、そうだけど」

『うん。だから、ありがとう。翔ちゃん』



そう言って俺の手を取り、掌に彼女の丸めた小さな手が乗る。
本当に飼い主とペットのような“お手”に、一瞬戸惑うけど、合った目がさっきよりも明るく見えたような気がして、思わず笑みが零れた。



『これからよろしくね。…ご主人様』

「ははっ…。よろしく、ハナ」



何かがおかしい。何かが間違ってる。

でも、一番おかしいのは、“こんなのも悪くない”と思ってる俺自身だ、絶対に。






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