魔法の瞳 - 4/7


side. S



何がなんだか分からない。従って、どう対処すればいいのか分からない。
善かれと思って助けた女の子が、ここにペットとして置いて欲しいと要求し、さもなければ俺を犯罪者として通報する、と言っている。
後者に関してはジョークなのかも知れないけど、何かあったら言い訳出来ないのが俺の今の立場だ。しかも、なぜか彼女は俺の名前を知っている、っていう。
でも、何が一番分からないって、こんな状況なのに、彼女の言動や笑顔、そして時折見せる切ない瞳の色に、俺がいちいち気になってるということだ。


もしかしたら、支離滅裂なことになっているのは、俺の方なんじゃないかと錯覚するぐらいに。



『ねえ、翔ちゃん。…翔ちゃんって彼女いるの?』

「え?」



出来る限り、今起きていることを自分なりに整理していると、彼女がキッチンカウンターに置いてあるコーヒーメーカーに触れながら、プライベートな質問をしてくる。
因みにそのコーヒーメーカーは、さっきまで俺が悪戦苦闘していた代物だ。



「いや…。今はいないけど…」



答えると、横顔で見る彼女の瞳が、ほんの少し大きく見開く。そして一呼吸した後、今度はくるっと振り返り、部屋の中を歩き見回す。
その瞬間、コーヒーメーカーが音を立てて動き始め、彼女がいとも簡単にスイッチを入れたことを知った。



「!? 、え…。今どうやった、これ…っ、」

『ふふっ…。翔ちゃん、家事苦手でしょ?そんなコーヒーメーカーですら使いこなせないぐらいだから』

「いや!でもこれ、操作が超面倒で、」

『セットして、スイッチ入れるだけ』

「……」

『でも、それ以前に水は入れないと。翔ちゃん』



コーヒーを作る上での基本中の基本を教えられ、なるほどな、と思ってしまう。
家事が苦手という真実は部屋の至る所に散らばっており、誤魔化すことも、言い返すことも出来ない。だって、食器類は使ったまま、本や雑誌は床に積み重なったままだ。
でも、なぜ彼女がそんなことを言い出したのかが分からない。家事が苦手だから何だって言うんだよ?



『だったら、翔ちゃん。私がいると便利だと思う。掃除も洗濯も得意だし、料理も普段からやってるから、少なくとも翔ちゃんよりは上手だと思うし…』

「は、あ?」

『翔ちゃん、家事が苦手なら、誰かがやってくれた方が楽でしょ?それ、全部私がやる。ワガママも、もちろん言わない。だから、私をこの家に置いて』

「…っ、…」



急に改まった態度で説得にかかられ、なんだか不意打ちを食らった気分だ。
しかも、俺を救済するような言い方だし、もっと言えば、ちょっと悪くないかも?なんて一瞬でも思った俺は、既に彼女のペースに流されてると言っていい。
実際、家事は超が付くほど不得意、面倒。出来ることなら、誰かにやってもらった方がよっぽど…、



「っ、いや!ダメだって言ってんだろ!…第一、近所の人や家に遊びに来た友達に、なんて説明すんだよ!?いきなり女の子と一緒に住み始めたら、絶対何か突っ込まれんだろ!君はペットって言うけど、そんなこと誰かに言ったら、それこそ犯罪者だっつーの!」

『? 、近所の人や友達には妹って言えばいいし、それが無理なら、誰かが家に来た時は私は外に出てればいいんじゃないの?それに翔ちゃん、彼女はいないみたいだから、…そこに関しての言い訳は心配することも無いでしょ?』

「え?あ、なるほど……って違う!つーか、彼女の有無の確認ってその為かよ!」

『ふふっ』

「っ、…でも!どっちにしろ、一緒に住んでたら、色々とこう…!問題が出てくると思うんだ?分かるでしょ?もし、何か間違いが起こったらどうする…、」

『“間違い”…』



俺が否定的な意見を出す度に、用意周到に答えを述べる彼女。
余裕のある彼女を見ていると、もはや出来レースなんじゃないかとすら思う。行きつく先は、もう既に決まっている感じ。
でも、俺が苦し紛れに出した言葉に、初めて声のトーンが落ち、考えるように視線を下に向けた。


あれ?もしかしたら、まだイケる?まだ、この事故を避けることが…、



『…それはそれで、悪くないけど。…私は』

「へ…?」

『…なんてね?ふふっ…』



目の前に立つ俺に、にっこり笑う。
一緒に暮らすか、犯罪者になるか。辛い決断を強いられてるはずなのに、その笑顔だけが強く脳裏に焼きついていく。



――― やっぱりこれは、出来レースだ。きっと。






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