魔法の瞳 - 3/7


side. S



顔を背けながらも横目で様子を伺っていると、彼女がさっきまで眠っていたソファにストンと静かに腰を下ろした。
それを見て、いつの間にか俺たち2人共、立ち上がっていたらしいことに気付く。
そのまま、何も言わずギュッとクッションを抱き締め俯くものだから、予防線を張って阻止したはずなのに、また罪悪感が湧いてきてしまう。



「いや…、なんかゴメン。ちょっとキツく言いすぎた、」

『だったら私、ペットでいいです』

「…は?」

『ペットとして、ここに置いて下さい』

「………」



なるほど、なるほど?確かに、犬や猫じゃあるまいし、って言ったもんな、俺。つまり、また逆手に取られたってワケか。
でもだからと言って、話が突飛し過ぎだ。また話が、妙な方向に進み過ぎてる。再び俺の脳内コンピューターが、フリーズしてしまうぐらいに。



「バカじゃねーの!?“だったら”の意味が分かんねーよ!ペットって…!っ、君は人間だろ!?」

『? 、でも翔ちゃん、犬や猫なら置いてもいいって、そう言ったでしょ?だったら私、ペットでいい、』

「それは言葉の綾だろ!?普通に考えて!つーか、置いてもいいとは言ってねーし!」

『でも!』

「そもそも人権!人権無くなってる!いいのかよ、それで!?」

『…置いて貰えるんだったら、私はペットでも構わない』

「っ、…ちょっと…落ち着こう。冷静になろう。マジで」



積りに積もった疲労感と睡魔のせいか、上手く頭が回らない。彼女の言動全てが、いよいよ理解出来なくなってきた。
状況を整理しようと、彼女に背を向けて考えるけど、その時また。少しトーンの違う彼女の声と言葉が、俺に追い打ちをかける。



『…それに翔ちゃん、私をこのまま帰していいの?』

「え?」



振り返ると、抱き締めていたクッションを傍らに置き、俺の目の前に彼女が立つ。
気付けば30センチも無い距離で俺を見上げていて、その時初めて彼女の瞳が左右違う色をしていることを知った。
まるで本当に動物のような瞳に、密かに心臓が音を鳴らす。



『翔ちゃんは病気だったから、って言うけど、もう私何ともないし。でも、意識なんて無かったから、何があったかなんて知るはずも無い』

「…つまり?」

『翔ちゃん、証明出来る?私が病気だった、って。私に何もしてない、って。このまま帰したら、私は真っ直ぐに警察に向かうけど、それでもいいの?』

「はあっ!?ちょっ…、何言って…。んなわけねーだろ!?」

『じゃあ言える?何もやましいことはしてないし、考えてもいない、って』

「っ、…!…」



何もしていない。でも、彼女に詰め寄られて、つい目を逸らしてしまうのは、ほんの僅かでも言い訳出来ない部分があるからだ。
だって、顔は可愛いと思ったし、スタイルも良いと思った。挙句、彼女を見てて“ペットを飼うのも悪くない”なんて、ちょっと変態っぽいことも考えてる。
そんな、何もしてはいないけど考えてはいないとは言い難い俺の様子に、彼女が“本当にしてるの…?”と、ショックを受けたように、ほんの少し後ずさる。


…つーか、もしかして俺、今鎌かけられた?



「っ、してないから!濡れ衣にも程がある!」

『ふふっ…。でも、それを証明出来る第三者も、翔ちゃんには居ない』

「そう、だけど…。笑って言ってる時点で、信憑性に欠ける……って、ちょっと待って?」

『?』

「……なんで、俺の名前…?」



さっきから繰り返される理不尽な要求に、自然に入れられていた自分の名前。
俺が彼女の名前を未だに知らないように、彼女もまた俺の名前を知らないはず。だって、何だかんだで自己紹介すらしていないから。
それなのに彼女は、ずっと前から俺を知っているように、“翔ちゃん”と呼んでいる。
余りの不可解さに思わずジッと見つめてしまうけど、彼女は怯むことなく、一瞬の間の後、ふっと笑ってこう言った。



『…さあ?なんでだろーね、翔ちゃん』



その笑顔が思っていた以上に可愛くて、不覚にもドキっとする。

大丈夫か、俺?今、なかなかのトラブルが起きてる最中だぞ、念の為。






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