魔法の瞳 - 2/7


side. S



会社帰りに拾った女の子が目を覚まして、約1時間。
“拾った”というワードが既に異常なのに、俺の聞き間違いでなければ、確実に事態はもっと異常に、思ってもいない方向へ進んでいた。



「え…っと…。今、なんて?」

『ここに…、この家に。…私を置いて欲しいんです』

「…ここって…ここのこと?俺の、この家ってこと?…まさかとは思うけど」

『はい…!』

「………」



どうやら、俺の聞き間違いでもなければ、幻聴でもないらしい。なぜなら、さっきから同じセリフを何度も耳にしている。
そして、そのセリフを続ける目の前の彼女は、未だに話しについていけない俺をそのままにして、なぜだか満面の笑顔だ。
その瞬間、フリーズしたままの思考が、再び一気に動き出す。



「っ、いやいやいやいやいや!どこでそういう流れになった!?質問の答えにもなってねーし、意味分かんねーよ!困るから!」

『あ、…私、色々あって帰る家が無いんです。だから…』

「え?帰る家が無いって、なんで……って、そっちの事情じゃなくてさあ!?」



夜中の3時とは思えない大声と、荒い言葉遣い。
どこから見ても、今の俺は“パニック”という表現がぴったりに違いない。



こんなことなら、後で聴くから、なんて気ぃ遣わないで、さっさと事情を訊くべきだった。きちんと質問も考えていたはずだったのに、うっかり彼女との会話を楽しんだ結果がこれだ。
でも、言葉に詰まるだけならともかく、不安そうに俯き、体を震えさせている彼女を見ていたら、俺の勝手な事情で話を進めるのは良くないな、と思ったのも事実だった。


だって、人のあんな哀しそうな表情、初めて見たから。



「…まず!まず、俺の質問に答えよーよ?君、何歳?名前は?ダンボールに入ってた経緯も謎だし、なのに置いて下さいって、あまりにも唐突過ぎるだろ!」



けど、今はそんな情に流されてる場合じゃない。
ようやく出来た質問に内心ほっとしていると、目の前の彼女がきょとんとした表情を浮かべ、その様子に、自分の口調がキツすぎたかも知れないと、一瞬気まずくなった。
たとえ俺のした質問が正論だろうと、見ず知らずの、しかも女の子を傷付けるのは絶対に良いことじゃない……、



『? 、…つまり、きちんと説明すれば、ここに置いてくれるってこと?』

「え?」

『だったら……えっと、何だっけ』

「ちょ、…ちょっと待って?」



自分の言動を反省していると、彼女から予想外の一言が出てきて、今度は俺がきょとんとする番だった。
なんだ、その逆質問。おい、嫌な予感がするぞ、これ。



『帰る家が無いっていうのは、色々事情があって…。でも、元々家なんて無いも同然だし…』

「いや、あのさ?そういうことじゃなくて…、」

『ダンボールに入ってた理由は…。気分の良いものじゃないから、今は説明出来ない。私も正直、よく分かってないし…。トラブルに巻き込まれたのは確かだと思うけど』

「っ、それは見て分かるんだ。でも、今俺が言いたいのはさ、」

『歳は22、名前は、』

「っ、…ストップ!やめ!っ、もーいい!これ以上言うな、頼むから!」



ぶつけた質問を逆手に取られ、思わず彼女を制止した。
やめろと広げた自分の掌越しには、“でも…”と不思議そうに俺を見る彼女がいる。



こんな返しズルいだろ!しかも、ほとんど答えになってねーし。
未成年じゃないってのが分かっただけマシだけど、俺よりも歳が離れてるのは確かだし、しかも帰る家が無いってマジで何だ?!
ダンボールに入れられて放置されたり、何かしら彼女の身の回りでトラブルが起きてるのは何となく分かるけど、それにしても家が無いっておかしいだろ!
第一、そんなことに巻き込まれている女の子を、俺が家に置くなんて、恐ろしいにも程がある。しかも、今日初めて会ったばっかなのに。



「…とにかく!なんて言おうと、ここに置くなんて無理だから。非常識すぎる」

『え…』

「っ、…そ、そりゃあ最初にここに連れてきたのは俺だけど、それは君が病気だったからで!犬や猫じゃあるまいし、そんな簡単に受け入れられるワケないだろ!?無理なもんは無理!」



哀しそうに俺を見る彼女から、意識的に顔を背けた。じゃないと、また情に流される可能性がある。
でも、顔なんて見なくても、彼女が必死で俺を訴えてるのが視線で分かるのだ。俺は間違っていないはずなのに、もの凄い罪悪感に駆られて仕方ないのだ。
それはきっと、彼女の言動の節々が痛切であり、それが違和感となっているからに違いない。そして、それが密かな疑問だった。



――― ヤバい。まるで本当に、捨て犬や捨て猫をその場に置いていくような感覚だ。






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