起こった奇跡 - 4/9
最初に思い出すのは、大音量で響くHip Hopミュージック。それに、目眩がするようなライティング。 そう、確か雅紀に誘われてクラブへ行ったのだ。 唯一の居場所を失い落ち込んでいた私の為に、気を遣って連れて行ってくれた、雅紀なりの励まし。 頭では踊っている場合なんかじゃないのは分かっていたけど、その優しさが嬉しくて無下にも出来なかった。
でも当たり前だけど、そんな場所にはアルコールが付いてくるし、沢山の人間で溢れている。気付けば、一緒に来たはずの雅紀とは早い段階で逸れてしまっていた。 そして思い出すのは、軽率すぎる自分の行動だ。
『…っ、…』
“ちゃんと雅紀を探せば良かった、もっと、良く考えれば良かった”
今でこそそう思うけど、あの瞬間の私にはそれ以上に考えるべきことがあった。今日をどうやり過ごせばいいのか、必死に考えていたのだ。 でも、アルコールを摂取するべきじゃないことも、雅紀に相談するべきだということも、朝から体調が優れなかったことも、フロアに立ったら何もかも忘れてしまった。
「…大丈夫?」
『…!…』
そこまで思い出して、ようやく全てを理解する。 正しい判断をする術を失くした私は、なんとなく声をかけてきた下心見え見えの男について行った。 その後体調が悪化した私を“トんでる”と勘違いしたバカな男に、ダンボールに入れられゴミ捨て場に放置された。 そんな私を、目の前にいる彼が見つけた。
たぶん、これが正解だ。
「寒い?もっとブランケット持ってこようか?」
『え…?…あ……』
――― 思い出すべきだったけど、思い出さなければ良かった。思い出したくなかった。体の震えが止まらない。
帰る場所も、待ってる人も、何も無い嫌な現実。 おまけに自己管理も出来ない頭の悪い女。だから、こんな犯罪まがいのことにも巻き込まれる。 否定をすることは出来ないし、実際そうしないと生きていけないからこその、この体の震えだ。
「…とりあえずさ?なんか口に入れよっか?じゃないと、薬も飲めないし。訳なら後で聴くからさ」
何も言えずに俯いていると、彼がこの空気を断ち切るように言う。本当に私を心配していて、濁りが無い、綺麗な瞳。 それを見て、何も言えないのは体の震えが止まらないことだけが原因じゃないと悟る。 だって、こんな瞳をした人に、誰がこんなこと言える?
「ね?」
『は、い…』
ふと、これまでの現実を無いものに出来たらいいのに、と思う。 でも、それは無理な話だ。
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