起こった奇跡 - 3/9
“あの夢”のせいで、目を覚ます度に体が震える経験は数え切れない程ある。 でも、それが起きないどころか、見知らぬ人を前にして心臓が震えるのは初めてだ。 そもそも、震えるという表現は合っているのだろうか?
『あ、の…。なんで私、ここに?…ここって……?』
彼の質問にも答えず、瞳だけを動かして部屋を見回していく。 質問の意味は分からなかったし、とにかく今の状況を理解しないと、この妙な感覚に自分の全てが呑み込まれそうだったから。 さっきから記憶を繋げようとしているのに、目の前にこの人がいるせいなのか、集中出来なくて仕方ないのだ。
すると、彼が眉をひそめて返す。
「ああ…。……てか、逆に俺が訊きたい、っつーか…」
『え?』
「うん、なんつーか…」
『?』
「なん、で…ダンボールの中に入ってたんだろう……、な?」
躊躇いがちに、言葉を選ぶように尋ねる。 その質問が、まるで触れちゃいけないタブーなんだと、言わんばかりに。
『ダン、ボール…?』
「ダン、ボール…」
ああ、そっか。最後に感じたあの冷たい空気は外の空気だったんだ。 なんとなく残る体の窮屈さも、さっきソファに上げた時に気付いた足の汚れにも、それなら納得出来る。 だってダンボールに入ってたんだから、そんなの当たり前……、
って。
『ええっ!?』
繰り返した言葉に、繰り返された言葉。その言葉に、柄にも無く大きな声を出して反応した。 だって、彼も私も、今なんて繰り返した?
「なんか言葉は悪いけど、状況的に捨てられたっていう風に見えなくもなかったんだけど…。それに熱も出してたし……ってか、具合は?さっきも訊いたけど」
『え…、ちょっと待って…。私、ダンボールって…どういう…』
「え?だから、」
『ダンボール…?』
「…!…、ああ、うん…。その…、このマンションの前のゴミ捨て場のとこに……」
“ダンボール” “ゴミ捨て場” “捨てられた”
これらのワードは人に対して使うものじゃないことなんて、小学生だって分かる。 でもだからといって、彼がそんなことも分からないような教育を受けてきたようには見えないし、嘘を吐いているとも思えなかった。 だって、彼の声も瞳も、私を案ずるように向けられているから。
「……覚えてないの?」
集中出来ないなんて言っている場合じゃなかった。これほどの衝撃的なワードを前にして、そんなことを言っている暇もない。 必死に記憶を遡って、何もかも思い出さなくちゃいけない時だった。
――― 私、いったい何をしたの?
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