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晩御飯はご一緒に
「あ…」
すっかり陽も落ち辺りがほの暗く染まる頃。窓の外から微かに聞こえる通行人のざわめきを聞きながら、テーブルに乗った夕食を見てはっとした。
「スーくん、いないんだっけ」
ぽとり、零した言葉は静寂に消えていく。「今日はサークルの集まりがあるから」そう言われたのはつい数時間前のこと。それなのに、意識とは関係なく手は二人分の食器に二人分の食事を並べていて………ふぅ。
「早く帰ってこないかなぁ…」
目の前にはホカホカ湯気を上げる出来たての温かいご飯。いつもは幸せな気持ちにしてくれるそれが、今はただただ悲しいだけ。
テーブルの傍らにゆっくり腰掛け、何気なく玄関の方を見る。灯りも点いていない。今頃スーくん、サークルのみんなと楽しく騒いでいるのかな…………嫌、だなぁ。膝に顔を埋め、自分の中で渦巻くあまりに汚い感情に泣きたくなった。今すぐ帰ってきてほしいって、サークルなんかより僕を優先してほしいって、…思ってしまった僕はなんて卑しい。
「お邪魔しまーす」
「…スーくん?」
ガチャリ玄関から音がした。そのすぐ後に聞こえてきたのは馴染みの声。…何で?驚きと嬉しさで高揚する気持ちを感じながら、素早く立ち上がって駆け急ぐ。点けられた灯り。靴を脱ぐ後ろ姿を確認して、ようやく本当にスーくんが帰ってきたんだって認識できた。
「おかえりなさい。えっと、今日は遅くなるんじゃ…」
「あー、途中で抜けてきた」
「え…どうして?」
「…別に何だって良いだろ」
不貞腐れるように言葉を投げて視線を落としたスーくんの、剥き出しになっている耳はほんのり赤く色付いていて。…加速する心音、目頭がだんだんと熱くなる。僕に会うために早く帰ってきてくれた、なんて思っても良いのかな。
「ちょ、何でそこで泣くんだよ!?おお俺何か変なこと言ったか!?」
「う、ううん!ごめんね、何でもないんだ。気にしないで」
「…そっか?まぁ、そんなら良いけど…てかすっげー良い匂いしてんな。今日の晩飯何?」
「鯖の味噌煮ときんぴらごぼうだよ。あと豆腐とわかめの味噌汁」
「うっわうまそー!よし、んじゃあ手でも洗ってくるか。あ、俺の全部大盛りでよろしくなー」
そう言ってスーくんが横を通り過ぎる時、ポスンと頭に軽い衝撃があった。洗面所へと消えていく背中を見送りながら何だろうと頭に触れれば、乗っていたのは小さな赤いハンドタオルで。
あぁ、やっぱりスーくんは優しいね。ぶっきらぼうだし喧嘩っ早いし口も悪いけど、それでも彼は本当に優しい。決して哀感からではない、喜びや安堵から瞳に滲んだ涙を手中のタオルでそっと拭う。彼の瞳と同じ燃えるような綺麗な赤から、彼と同じ、優しい優しい香りがした。
「うめー…。やっぱ一日の終わりはイツキの飯に限るな」
「あの、…本当に良かった、の?サークルの方で食べてこなくって…付き合い悪いって思われちゃったかもしれない…」
「しつけーぞイツキ。だからいーんだって、あんな大勢でどんちゃん騒ぎとかマジかったりーし。俺ああいう雰囲気無理、苦手だわ。それにお前と一緒に食べた方がずっとたの…あ………」
「たの?」
「や、何でもねー!」
「気になるよ!何?たの?」
「ゔ…その………た、楽しい、っつーか…」
「………ふ、ははっ」
「おいこら、何笑ってんだよ」
「ごめんね。スーくんはやっぱりスーくんだなって思ったら、何か嬉しくて」
「…意味わかんねー」
「うん、僕も意味わかんないや。あ、ねぇスーくんまだ鯖あるよ。おかわりいる?」
「…もらう」
そっぽを向いて力強くお皿を差し出す真っ赤な顔のスーくん。口が悪くてがさつで、照れ屋で優しい僕の大好きな幼なじみ。何故か夕食時になるとこの部屋にやってくる彼は今日もいつも通り、その細い体にせっせと大量のご飯を詰め込んでいく。こんな日暮の暖かな風景は、明日も明後日もその先も、きっとずっと変わることはないだろう。
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