「何も、見えないの」
清花は困ったように、ぎこちなく笑う。
数時間、保護者がいない代わりに連絡を受けて病院に駆けつけていた俺があいつの担当の医師の話を聞いていた。
曰わく、突然の事故だった。
街の中であいつは、トラックにひかれそうになった老婆を庇ったらしい。
その時に頭を強打して、とんでもない大怪我を負って。(あいつらしい、理由だ)
その後、搬送されたこの病院で手術を行って。
その手術で視神経を傷つけてしまい、
「失…明……ですか」
唖然とした。
淡々と現状を話す医師をよそに、俺は横で寝ているあいつを見やる。
安らかに眠り、落ち着いた表情。
でも、目が醒めれば、あいつはなにも見ることができない。
ありえないほどに、残酷な話。
あいつが、もう物を見ることをできなくなってしまう。
大好きな、星でさえも。
感情が高ぶって、俺は担当の医師につかみかかる。
医師は一瞬目を見開いたが、すぐに冷静になってこちらを見つめ返した。
俺は医者に噛みついた。
「あいつの……っ、視力は戻ってくるんですよね!?」
「………残念ながら、」
戻ってくる見込みはかなり低いと思われます。
その言葉に、俺は眩暈がしそうになった。
そんな。
そんな。
どうして、あいつが。
うなだれるように前のめりになると、医師につかみかかっていた両腕はまるで感覚を失ったかのようにだらりと下に垂れた。
*
「ねえ、一樹」
「、なんだ?」
その清花はというと、起きてからすぐに自分の状況を察していて。
その表情は微笑んでいるはずなのに、目はちっとも笑っていなかった。
「私の視力、もう戻らないんでしょ?」
「、」
病院の天井を見つめるその瞳は、ただただ虚ろで。
綺麗な海のような瞳は、濁っているかのようだった。
清花が、こんなに近くにいるのに、手の届かない遠いところにいる気がした。
――――――――――――
……うん、暗いですね。
ごめんね清花。
(2011)
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