「12個」
「まだ何も聞いてないでしょ」
「私が今まで机や下駄箱に入れられていたのを発見し廃棄したチョコレートの数だ」
「わあ捨てるとか最低だね慈悲の欠片もない」
「心にも無い事をよくもつらつらと」
「そう?私女の子の味方だし」

どの口が、と私を牽制しようとする石田から逃れようと身の丈よりずっと高い鉄棒から飛び降りた。ぴょん、と可愛い効果音でも出れば最高なのだろうが生憎私が着地した地面はどんっ、ずささっと重力に習って落下した物体を有りのまま受け止める鈍い音だった。時間は昼休み、大会を控えたサッカー部の所謂昼練とやらを眺め注意換気されたボールにだけやたら気をつけながらぼうっと晴れた空を眺める私名字名前とそのクラスメート石田三成。卒業式の練習だかなんだかで無理矢理登校させられた日がバレンタインとは皮肉なもので、何故毎年この辺りに先生達は三年生を登校させるのか理解に苦しむ。どうせ授業もしないくせに、いずれ違う道を歩む同級生へせめてもの餞なのかそれとも先輩に好意を寄せる後輩への最後のチャンスを与えているつもりなのか、何れにしてもそのどれにも関心の無い私にとっては非常に迷惑な話で、特に会いたい人物もいなかったために暇そうに本を読んでいた石田をひっとらえて校庭までやってきたというのがここに至る経緯である。まあ当の石田は、朝から呼び出しやなんだで忙しく石田が関心が無くとも石田に用のある者は多い筈。そんな生徒達には申し訳なく思わなくも無いが石田がこれと言って連れ出した私に文句を言うことは無かった。ここから見やる景色が酷く懐かしい。もう、あと少しもすれば見ることも無くなる景色にほんの少しの名残惜しさと新たな生活への期待を抱えながら、興味もないサッカーの紅白戦を眺めていると、遠くから徳川らしき男が大手を振ってこちらに向かってくるのが見えた。徳川は面倒臭い、あの人当たりの良さがまた周囲にひとを呼ぶから私のテンションをがたりと下げる。そう、それはまるで睨まれたポケモンの防御力が下がるのと同じように

「貴様は、いいのか」
「何が」
「貴様も一応生物学上では女なのだろうという事だ。好いている男にチョコレートを渡さないのかと聞いている」

いつもなら徳川の姿を遠くに、それこそ2、3キロ離れたところにいる彼を見つけただけで飛び上がり憤怒し駆けて行く石田がその徳川に目もくれずゆっくりと言葉を吐き出した相手は私で、その言葉というものがあまりにも滑稽だったものだから思わず含み笑いを浮かべてしまった。石田の口からそんな言葉を聞けるなんてと思いながら口許が緩むのを抑えようとしているところをしっかり読み取ったらしい、石田は鉄棒の上から履いていたローファーをピンポイントで私の腰めがけて飛ばしてきた。なんとか避けたが今のが当たったら物凄く痛かったと思う、多分

「チョコレート焼却処分した奴がよくそんな事言うよね」
「焼いた訳ではない破棄だ」
「とこに?」
「校舎裏の焼却炉に」
「なにそれ、同じじゃん」
「そんな事はどうでも良い。貴様は行くのか行かぬのか」
「行くわけないじゃん、だからここにあんたといるのに」

何を今更当たり前な事を、と随分近くまで迫ってきている徳川から逃げるように鉄棒から横這いに場所を移動すると鉄棒に乗ったままいた石田もその場所から身軽に私のいる位置まで飛んで来た。悔しいのは私の時のようにどすんという鈍い音はせず、すとっとまるでバレーボールの玉をトスするかのような軽快な音がした事だ。別に、モテるくせにそれをものともせず私なんかとこんな場所で平然と徳川を無視しているからではない。その余裕にいらついているわけでは、決してない。

きっと運動部を配慮しての事なのだろうがまるで逃げられないように校庭を囲んだ高いフェンスに寄り掛かり無造作に制服のポケットに手を入れると携帯電話や小銭入れ、さしてはミュージックプレーヤーでもない異物が私の触覚を刺激した。三成ー!と、私が石田と過ごす時間を奪いに来る者の声がいよいよ耳に入ってきた。きっと次の瞬間、石田は同じくらい大声を上げて私の元を離れていくだろう。私を置いて徳川のところへ因縁という名のループを仕掛けに行くに違いない。最も、それをこうして見られるのもこれが最後か、もしくは後1、2回程度なのかもしれないけれど。

「石田」
「なんだ」
「じゃあ、餞別」

石田が徳川に振り向く寸前に突き付けるように無理矢理小さな箱を彼の手に持たせ、まるで小学校の運動会でしたような回れ右をしてその場から退こうと足を伸ばした。なんだかこれっきりなような気がして、遠くでサッカー部の試合終了のホイッスルが鳴るのを耳にしながら戻る気にもなれない教室に足を無理矢理向けた、筈だった

「名字」

ガシッと、何かが私の右腕を強く掴んだらしい。私の左足は前方の地を踏むこと無く宙を掻いた。痺れるような痛みに堪らなく振り返れば片手に私の渡した餞別を持った石田が目を細め眉間に皺を寄せているではないか。この細い体のどこにそんな力がなんていう愚問はさて置いて、振り返る予定なんてなかったために途端私の頬は真っ赤に燃えた

「離してったら、あとそれも焼却処分し「1つ」は?」


「私が望んで受け取ったチョコレートの数だ。だがこんな不格好な大量生産品ではなく来年は貴様が作れ」


バレンタイン的なデー

それからその腕の痛みが無くなると同時に唇に感じた自分以外の体温に悲鳴を上げそうになった時、後ろから徳川が私の代わりに変な奇声を上げてくれた。これはようするに来年も共に過ごせるというハッピーエンドで良いのだろうか、彼のファンに悪いな。と思いながら石田の冷えた手を取った

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