成人式には参加しなかった。なんだか過去の記憶が蘇っては蒸せ返りそうになってしまうから。適当に用事があるんだと誤魔化して2時まで久しぶりに帰った実家で爆睡、嫌々準備を始めて家を出たのが3時50分。親に運転してもらうなんてもう随分無かったのでそこまではうきうきしながらもその出掛け先に着いて大きな溜め息が絶えず溢れる。無理をしてでも来いと旧友に念を押されやって来た地元の会館は私を歓迎してはいないのではないかと思うくらいきらきらとした文字や装飾で今年の成人を祝っていた。

今日は中学の同窓会がある

決して軽くはない足取りで短い階段を上る。4時からと記載された招待状を手にゆっくりと上った先には卒業以来一度も会うことの無かった同期の姿があった。声のかけ方なんてものは忘れてしまった。どんな風にその同期の事を呼んでいたのかも今となっては過去の記憶。だから思い付くままに声を掛けると存外、皆私の事を覚えていたらしい、何故成人式には来なかったのかとその後受付を済ませ指定の席につくまで しつこく聞かれた。結局指定の時間に会が始まることは無く、それまでは結局中学時代まで仲の良かった旧友達と下らない話題に花を咲かせた。皆姿形は変わってしまったんじゃないかと思う。勿論、良い意味で。女の子は化粧の濃い薄いに関わらず自分らしさを見つけているようだったし男の子はワックスや髪の色は勿論、あの頃は見ることの無かったスーツ姿でおとなの風格を表していた。中学の頃には想像できなかった未来、そこに私達は立っている。そういえば実家に帰ってきた時中学時代に自分に宛てて書いた手紙が当時の担任から送られてきていた。素敵な彼氏はいるのか、大学には進学しているのか、幸せなのか。ありきたりで少し恥ずかしいその文章の最後には、雑な字でまだ彼の事が好きですか。と記されていた。彼、と名前の表記がなくたって直ぐに分かる。私のずーっと好きだった彼。想いも告げられないまま終わってしまった彼の連絡先なんて知る由もなく、そのまま私は高校そして大学は地方へと進んでしまったためにそれっきりになってしまった彼。思いにふけっていると突然聞こえたパーンッというクラッカーの弾ける音と共に同窓会は始まった

「皆すっごく可愛くなったね!」
「名前は相変わらずうるさいー」
「そうかな?てか皆私の事覚えてる?」
「当たり前じゃん!てか今名前って呼んだの聞こえなかった?」

あれほど来たくなかったこの会場で私は思いの外、テンションというか自分の士気を上げて他人と会話した。なるべく一ヶ所に留まらず全員と会話出来るようカメラを片手に片っ端から掴まえて挨拶を交わして。皆私の事を覚えているのが不思議だったのだけれど、向こうから言わせればそれは当たり前の事らしい。考えても見れば小中はエスカレーター式で、長い人だと幼稚園保育所からずっと一緒だったひともいる。転校などがあるにしても殆どのひとと9年間共に過ごしたんだ、忘れる方がどうかしているのかもしれない。自分でも驚くほどのペースで出された酒を煽り、写真を撮る。あの頃はなかなか話す事もなかった男の子ともあーだったこーだった、なんて話しながら過去の事を思う。過去の事を思えば思うほど浮かぶのは大好きだった彼の姿。でもいきなり話し掛けるなんて無粋な真似は出来ないから、遠巻きにちらりとその姿を確認する事しか出来ない。物静かな癖に友人は周りに沢山いて、恐がられているのに人気も凄くあった。今でもそうだ、目の前で昔話に花を咲かせる旧友越しに見えた彼は、ムードメーカーだった徳川くんや長曾我部くん、伊達くんなんていうリーダー格といえば少し違う気もするが、とにかくそんなメンバーに囲まれながら片手に持ったビールを煽っていた。少しだけでも話したいというのは、邪念なのだろうか。きっと彼は私の事なんて忘れているだろうし第一きっと私の事を嫌っていたのだと思う。風の噂で大学は南の方に行ったと聞いていた彼、石田三成くんは今、どんな気持ちでここにいるのだろうか。

「皆美人とイケメンだから写真撮らせてね!」

そんな決め台詞にも似た合言葉と共にデジタルカメラのシャッターを押す。写真に納められた皆は本当に可愛くて格好良くて、昔あったいやな事も忘れてしまうくらいその変化を私は喜んだ。それでもなかなか石田くんと話す機会は無かった。避けられているのかもしれないと思ったのは、先程男の子の集合写真をお願いした時に彼だけ外れてどこかへ行ってしまったからだ。まさか引き留めるわけにもいかない私はそのままシャッターを押したのだけれど、なんだか思いは複雑だった。なんとか終盤に仲の良かった徳川くんに話し掛ける事に成功、私はついに石田くんを近くに見た時には心臓がどうにかなってしまいそうだった。やっぱり今でも彼の事が好きなのではないか、いや好きなのだと再確認してしまった瞬間である。

「私の事、覚えてる?」
「ああ」
「本当に?なんか目、泳いでるけど」

当たり障り無く、周りと同じ質問を繰り返す。昔と変わらない銀髪と特徴のある長い前髪、すらりと伸びた長身とそのスタイルの良さは相変わらずで、目眩がしそうになった。5年ぶりに会った石田くんは相変わらずぶっきらぼうで、言葉数が少ない。何を話したら良いのか分からずとりあえず写真をとシャッターを切らせてもらい、今なにをしているのかなんてありきたりな質問を投げ掛けた。

「ワシは就職したんだ」
「え、すごい!どこどこ?」
「地方にな、ワシの師匠とも言える御仁がワシを取ってくれたのだ」
「なんか格好良いね!頑張ってるんだ、徳川くん。石田くんは?」

精一杯の返し、正直皆どこにいっているかなんて現代文明の発達で様々なSNSから簡単に得ることが出来る。それでもそれを確認するかのように聞いては、別に思ってもいないような言葉を返す。就職したひとにも大学に行っているひとにも予備校に通っているひとにも私は同じように、格好良い。頑張っているね、などと適当な言葉を添えた。なにが格好良いのかなんて分かりもしなかったけれどそれ以外に言葉が見つからないのだ。だから石田くんがなんて言おうときっと返す言葉は同じだろうし、変わらない。だけどこうして話が出来るという事実だけで私はこんなにも、嬉しいのだ。

「結婚した」

「え?」

彼はぼそりと呟くように、それでいて私の耳にはっきりと残るようにそう告げた。結婚、それはつまりもう妻がいるという事で間違いは無いのだろうか。私の浮かれていた思考は一変、ただ目をぱちくりと瞬かせることくらいしか術がない。本当に、結婚なんて。

「あはは、そうなんだぞ名前!遂に三成も実を結んだんだ。結構前なんだがな」

少しの間の後明るく笑みを浮かべる徳川くんの事なんて見えなかった。

だって私は知っている、石田くんが結婚していないことを。

嘘だというにはあまりに真面目に答えるから。きっと私にはそう言うことにしておきたいのだと思った。私には本当のことのひとつも教える気が無いのだと私は汲んだ。それが悔しくて、切なくて。それでもそうだというのだしまさか結婚していないの知ってるよなんて愚かな事を口にできる空気でもない。

だからただ、私は笑った

「そうなんだ!結婚?すごーい!!最近とかおめでたいね!赤ちゃん出来たら教えてね」
「…ああ」

そうしてやっと出てきた言葉はあまりにも淡白で明るくて自分でもびっくりするくらい潔い台詞だった。彼の目が一瞬見開かれるのが分かって、私のこの反応に驚いていることがわかった。驚く必要なんて、ないのに。この反応を望んだのは、彼の方なのに。彼の短い返事のあと、徳川くんが先生と話がしたいなんていいながら石田くんを連れ去ってしまった。残されたのは私ひとり。なんだかとっても惨めなひとみたいじゃないか。だから再び笑顔を添えて近くにいた旧友の集団に飛び込んだ。それからのことはよく覚えていない。気付いたら同窓会は終わっていた。皆二次会だなんて騒ぎながら各々が仲の良い友人と組んでどこかへ行くと騒いでいた。そんなわたしも何人かから一緒にいかないかと声を掛けられたのだけれど、石田くんも行くらしいそこへは絶対に行けないし、ひとつ断るのに他のところへ行くなんて失礼な真似も出来ず、正直どこへも行く気の無かった私はただ用事があるとだけ告げて外へ出た。

目頭が熱くなる
これは外が寒いからアルコールを接種した私の顔が火照っているからではない

どろどろになった化粧を落とす気にもなれず、ただ私は自宅に向かって歩いた。過去と、彼と、決別するためだ
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