何年か前に、同じような夢を見たような気がする。

大きすぎず、かと言って少人数で住むには広過ぎる位の屋敷から大きな悲鳴が聞こえる。直ぐ様その声の方向に掛けて行こうとするのに立ちはだかる齢相応の男性のせいで先に進む事が叶わない自分は大声で誰かの名前を叫ぶ。それでもその先へ行くことは出来ずそのままその屋敷の外に放り出されてしまうのだ。そうして逃げて逃げて、逃げ着いた先で出会う男に殺される夢。起きる前には確かにその人の顔を見ている筈なのに、目覚めてみると自分を殺した人物が誰なのか、また何故殺されたのか、そもそも何故屋敷は火事になり自分は何から必至に逃げていたのか。それ以前に、夢の中の自分とは一体誰なのか。

「また夢の話か」
「だって、何年も前に見た事があるような気がするんだもん」
「そんなもの」

貴様の脳内にあまりにも強くその夢が焼き付いた所為で昔見たような錯覚をしているだけなのだと同僚の石田三成は鼻で笑った。大体人は同じ夢を二度見ないと言う。そんな事を言われてしまえば後に続く言葉が見つかる筈もなくそうなのかと思って口をつけたお気に入りの缶コーヒーの味が妙に苦く感じたのをそのままに名前は小さく息を吐いた。夢はその人の強い思いを投影すると諸外国の偉い思想家達が何千年も前に言及しているというけれど、そんな事よりももっと、身近な事のような気がしてならなかった。目の前で買い換えたばかりのスマートフォンで出張中の尊敬してやまない上司に連絡を送る石田を尻目に名前は何故、再びこの夢を見たのか考えた。


「名前」


夢の中で誰か懐かしいような声が名前を呼んだ。振り返っても何処を探してもその声を見つける事は適わず、決まった時間に鳴るアラームに今日も無理やり起こされ出勤を余儀なくされてしまった。頭の中ではぐる、ぐる、ぐる、ぐる。聞き覚えのあるような声だけが名前の頭の中を廻っている。目が覚めていないだけなのかと自動販売機に向かって独り言を呟きながら先日と同じ銘柄の缶コーヒーのボタンに指を伸ばすと、背後に気配を感じた。ガコン、なんて鈍い音を響かせながら落ちてきたコーヒーを取り出すためにしゃがむ事もせずゆっくり振り返るとそこには、眉を潜める石田が仁王立ちしていた。

「貴様そんな事を理由にこの報告書の様を説明する気なのか」
「いやまじ本当にごめんって言ってるじゃない」
「そんな夢さっさと忘れろ」
「でも、いくらなんでもまた同じ夢って、ちょっと怖くない?」
「だとすれば、貴様はそいつに相当な恨みを買っているのだな」
「うーん、恨みっていうか」

もっと悲しい理由なような気がする。

そんな言葉を続けようと口を開き掛けた時、背後から声がした。全身がぞわりと震えるような感覚に寒くもないのに石田の腕に思わずしがみつきつつ、申し訳ないという一心で石田の顔を見ようと視線を上げると、石田はこれまでに見てきた表情の中で一番恐ろしい顔付きで一方向を睨み付けていた。来るな、と小さく嘆いた石田の目線の方向にゆっくりと顔を振り向かせる。頭では嫌悪感に塗れた感情が名前を支配しているというのに、振り向かなければならないと全身が訴えている。


「名前」


夢の中で聞いた声だった。
ずっと慕っていた声だった。
泰平の世でまた会おうと、約束した声だった。


「家康、様…」 

石田の腕を掴む力がゆっくりと緩んで行く感覚に言い様の無い罪悪感を覚えながら、名前はゆっくりとその名を呼んだ。
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