喉がいがいがするという表現を使ったのは己の身の丈が目の前にある1年間共に生活を送るであろう大量生産型の所謂“ガッコウのツクエ“程だった頃か。身に覚えの無い僅かな痛みとちくりとする割に感じるむず痒さに悲鳴を上げそうになった事が懐かしまれる。あの頃は単なる風邪だとは思わず一生声が出なくなる呪いなのだと昔馴染みの友人に脅かされては母親に泣きついたものだった。

生憎のど飴を年中持ち歩く習慣を名前は持ち合わせていなかった。春と言う生暖かい季節から照る日の強さに身を焦がす夏がいよいよ今年も人類を陥れようとじわりじわり、雨雲だらけの梅雨に紛れて近付いてくるのが嫌でも感じられるじめじめとした学校の廊下を、3年間履き慣らした上履きの底をぺたりぺたりと鳴らしながらゆっくりと横行中の名前は、学校に到着し先程己の席に着席してから感じた違和感に無性に苛立ちいつもは到着した途端机に突っ伏しびくともしない筈の体を無理矢理起こしていくつか先の教室を目指していた。

口でひゅう、と息を吸い込み口内に残る唾液共々飲み込んでしまえば感じる異物感。日焼けをする季節なのにも関わらず外出嫌いが幸か不幸か周りに比べて一段階程色の薄い腕を折りその指先を暫く喉元にあてがう事にはなんの意味も無かったが、まるで自分の首を締めているかのような格好のまま名前は漸く目的地である教室のドアをゆっくりと引いた。

「伊達」
「good morning,名前から俺の元に来るなんたァ明日は槍でも降んじゃねえか?」
「煩い、お前のど飴持ってなかったか?私にひとつ寄越せ」

ヒュウウ、器用に口の先を鳴らし口笛でいかにも不機嫌な名前をからかうように立ち上がった男の名前は伊達政宗、名前を昔散々馬鹿にしてきた馴染みというのはこの男の事である。如何にも馬鹿にしたような笑みに加え両腕にぶら下げたいくつものアクセサリーがじゃらりと擦れ合う音に名前は不快指数がどんどん上昇していくのを感じていた。出来れば今すぐにでも帰りたい。しかしのど飴を持っているような人物を伊達以外には知らなかった。伊達がのど飴を習慣として持ち歩いている事を知っているのは昔馴染みである名前や同級生の真田幸村、教師であり伊達の親戚である片倉小十郎くらいなものだろう。

伊達とのど飴とは実に結び付きの無いように感じられるものだが、あの日名前が声が出なくなる呪いだと母親に泣きついた次の日、声が出なくならないように魔法を掛けた飴を持ってきたと差し出されたのが市販ののど飴だったのだ。あの頃はのど飴の存在など知らず口に含めば喉元がスースーと心地よく感じる事で本当に魔法の飴なのだと信じ込んでいた。それ以来、勿論それから少しして名前がそれが魔法ではなくのど飴なのだと知る事になった以降も現在に至るまで、伊達はずっと懐にのど飴を忍ばせている。

名前がそれから伊達にのど飴をねだった事は片手で数えられる程度しかなかったものの、それでも伊達は毎度ポケットから小さなあめ玉を取り出して名前に与える。口を開かずにいる名前に溜め息を漏らしながらも伊達は名前の目の前に小袋に包まれたあめ玉を差し出したのでゆっくりとその大きな目を細めた。

「俺がお前に魔法の飴をpresentしてやるぜ」
「偉そうに」
「俺だけが名前に魔法を掛けてやれんだぜ?you see?」
「頭は大丈夫か?」

「なんなら一生な」
「話噛み合って無い」

昔の事を思い出して懐かしむのは久しぶりの事だった
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