「石田」
「なんだ」
「なんで泣いてるの」

石田にはどうやら前世の記憶があるらしい。毎年、5月の頭になると散ってしまった桜の木を見ながら涙を流すのだ。以前一度だけ聞いた話によるとその日、主君豊臣秀吉は豊臣重臣達と一日のみの花見を楽しんだという。現代では丁寧に醍醐の花見なんて命名もされたその日、秀吉は全国から700本余りの桜を集め花見をしたと伝えられている。なんとかという建物の復興のためにそうさせたらしいのだが日本史に弱い私が知っている知識はこの程度、石田のように前世の記憶なんてものも持ち合わせていないものだから彼とは元々あまり、話が合わなかった。まあ私に前世の記憶があったところできっとそれは何処にでもいそうな百姓の娘で毎日畑ばかりを耕した後戦にでも巻き込まれて死んでいるだろうが。

「秀吉様とやらの命日はまだ先でしょ?9月だっけ?」
「それは現代暦でだ。本来は8月18日、貴様秀吉様について何も知らないくせに知ったような口を利くな」

私の方なんて見向きもせずにその新緑深まる桜の木を眺める石田は何を思って毎年涙を流すのだろうか。私が石田と出会ったのは中学の入学式で、出会った当時はまさか桜が散った頃それを眺めながら泣いているなんて知りもしなかった。勿論石田自身が他人にその姿を晒さなかったというのもあるだろうが、とにかくそんな事は分からなかった。中学生なんて皆病気で、それが知れたらもしかしたら泣き虫だなんてからかわれていたかもしれないし、いじめにあっていたかもしれない。まあ、石田の性格だからそれは無いとは思うのだけれど。私が石田が泣いているのを初めて見掛けたのは高校に入ってから。成績優秀だった石田は何故か私と同じ高校に入学した。その入学式から一ヶ月後の放課後、入って間もない部活での球拾いに明け暮れていた時、偶然、鉢会わせてしまったのだ。あの時は何事かと思ったのだけれど大学も残すところあと1年に迫った今となってはさして気に留める事も無くなっていた。ただやはり、目の前で泣かれるのは少し困りもので、言葉に詰まる私の気持ちをきっと石田は知らない

「楽しかった?花見」
「美しかった」
「また見たいと思う?」
「当たり前だ。だがそれは叶わない」

私の方に振り返る石田は、もう泣いてはいなかった。来年は泣かずに、二人で花見に行けるだろうか
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テーマ「人外ファンタジー」
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