to exsist is to be perceived | ナノ



6回目に三成くんに会ったのはその翌日だった。なんだか花屋の前を通るのが怖くなったあたしが違う道を辿って家に帰ると、家の中に、彼はいた。怖いか怖くないかと聞かれれば勿論怖かった。三成くんに対して芽生えたことのない負の感情があたしの心の中で渦巻いて溢れ出てくるのが手に取るようにわかってしまう自分へも、恐怖を感じた。三成くんは笑ってはいなかった。ただゆっくりとドアを閉めたあたしの傍へと歩み寄ってくる。逃げようと思えばそう出来るのに足どころか体が完全に恐縮してしまっている。彼はあたしの目と鼻の先まで来て、ゆっくりと口を開いた

「また貴様は、裏切るのか。やはり私を裏切りあの男と生きると言うのか」

彼の口調は至って冷静だった。しかしその冷静さが更にあたしを圧倒するということを彼は知っているんだ。だから近付いただけで何もしてこない。ただその声だけであたしが怯んでしまうと彼は、知っている。恐怖に洗脳される自分の頭を整理しながら彼の発した言葉について考える。彼の言う裏切り、そしてあの男。恐らくあの男というのは徳川先輩の事で裏切るというのはつまりあたしが三成くんではなく徳川先輩を選ぶということ。しかしそれがどのような局面での選択なのか、そして裏切るということは一度は彼を選択したという事になるがそれはいつで、いつ裏切ったのか。

「みつ、なりくん…」

「全てを思い出した。貴様の戯言は聞かん」

彼は怒っていた。今までに無いくらいの憎悪を身体中に纏いあたしを侵食しようとする。彼はゆっくりと手をあげた。殺される、やられる。そんな言葉が脳内を駆け巡りあたしの思考を破壊しようとする侵入から逃れられない。怖い怖い怖い、その一心で挙げられた彼の手を掴もうとその手を伸ばしあたしに飛んでくる前に阻止しようとした


「え…?」

「っくそ、」


筈だった。
しかしあたしの手は彼の手を捉えること無く宙を掴んだ。確かにしっかりと目に映る彼の手をすり抜けて、空気を切ったのだ。頭が追い付かなくて気持ちが悪い。胸の奥から沸き上がる感情の名前が分からなくて、宙を掴んでいた手をそのままぶらんと腰の横に垂らし片手で自分の頭を抑えてドアにもたれた。彼は目の前にいるのに目の前にはいない。つまり彼に実体は無い、そう理解しようと頭を思いきり手の甲で叩いた時、気付けばそこにいた筈の三成くんはいなくなっていて、いよいよあたしは彼の存在が虚無だったと認めざるを得なくなってしまった。

幽霊、だったのか。

認めたくはないがそうだと思えば、納得のいくことがいくつもあった。毎日同じ服を着ていたのも毎日同じところに立っていたのも、徳川先輩が三成くんを見つけられなかったのも。しかし今度は疑問が残った。何故あたしには見えたのか、何故彼はあたしを知っているのか。何故彼はずっとあの花屋の下にいたのに先程はここにいたのか。彼は一体何を思い出したのか、そして、徳川はどうして三成くんを知っていて、どうして三成くんは彼を恨んでいるのだろうか。

あたしはいつ、彼を裏切ったのだろうか

「っく…」

考えれば考えるほど頭が割れるように痛くなって、立っていられなくなって。あたしはその場に倒れ込んだ。目を瞑ると浮かぶのは三成くんの顔や声ばかり。

何か、あたしは大事な事を忘れているような感覚に襲われた

薄れ行く意識の中で、もう一度三成くんに会いたいと、それだけを思った