to exsist is to be perceived | ナノ


2回目に彼に遭遇した時、彼はまたあの花屋の前にいた。スタイルも良ければ顔もいい長身な彼は不思議な事に誰の目にも止まらなかった。女子高生のひとりやふたり、もしくはあたしと同じくらいの大学生や会社員、おばさん。正直どの年代にも人気のありそうなスタイルなのに、あたし以外の誰も彼に見向きをすることは無かった。

「あ、この前もここでお会いしました、よね?」

あたしの問いかけに彼は頷いたがやはり、口を開くことはなかった。彼はここで何かを待っているのだろうか。前回と同じ服装で、とは言っても前回彼に会ったのは約1週間前だったからよく覚えてはいないが同じ場所で動くことをせずにじっとそこにいる。彼はとても不思議なひとだった。

「どうしてここにいるの?」

そのまま通りすぎてもいいようなものを、あたしはわざわざその花屋の前で立ち止まり彼に問うた。言葉を発しないのであればこちらから話し掛けない限り会話をすることはないのは分かってはいるがなんとなく、いやもしかしたら潜在的な何かが彼に惹かれているのかもしれない。答えを貰えない事を想定した上で首をかしげると、やはり予想通り彼は困ったような表情を浮かべた。銀色の髪が風にさらさらと揺れた。今日はよく晴れている。まだ二回目でしかも若干会っただけの言葉の無い彼と心を通わすことは本当に難しい。あたしはまるでだだをこね拗ねてしまった小さな子供をあやすようにゆっくりと簡単な、それでいて相手の意図を読み取れそうな質問を繰り返した。

「そういえば、名前はなんていうの?」

名前は口に出すか書かない限り分からない。しかし彼は少しあたりを見回した後胸の辺りで自らの人差し指と中指、それから薬指を立てそれ以外の指をゆっくりと折った。その指が表すのは数字の3。これがどういう意味を成すのかじいとその指を眺めていると3本立っていた指が人差し指のみになりそのまま腕を伸ばして電柱を指した。つられて電柱に目をやるとそこには一枚のチラシが貼ってあった。

"成田発ソウル3日間29,000〜"

「成田発、ソウル…?旅行のチラシ?」

しかしチラシ自体に関係は無いらしい。彼は一歩、ぎりぎり花屋の屋根から出るか出ないかの位置から再びチラシを指した。指されているのは成田発、の"成"の部分。そこであたしはようやく彼の意図を読み取った。恐らくは先程の3とこの成の字が彼の名前なんだろう。さんせい?いや、あたしが思い浮かぶ節が正しいのなら

「みつなり、さん?」

彼の頷く様子を見て、やっと彼と通じる事が出来た。なんていう満足感を得られたような気がした。とっくに行かなければいけない筈だった講義は始まっている