to exsist is to be perceived | ナノ



ある雨の日、大学の帰りに花屋に寄って雨宿りをしていた時に痩せた背の高い男性に出会った。彼の顔色は悪く肌は透き通るほど白かった。初日、彼はあたしを見て何か言うことはせずただひたすらにあたしの方を見ていた。

「あ、の…」

あたしに何かついているのか、変なところがあるのか知っているのか聞いたところで彼はただ首を横に振った。彼は言葉を発することなくただあたしを睨むように、だけれどどこか悲しそうに見つめてくるものだから昔にあったどんな些細な事でも思い出そうとした。もしかしたらあたしは記憶喪失にでもなっているのかもしれない。だけれどあたしの記憶のどの欠片にも彼は存在しなかった。

「あたし、あなたの事知らないんだけど…」

そう思い思いに口を開くと彼は一段と落ち込んだように項垂れた。呼吸の音が伝わってこなかったがそれはきっと雨のせいで、彼は激しく落ち込んでいるのだと言うことは手に取るように分かった。だけどだからと言って言葉ひとつ発しない彼から得られる情報といえば彼の容姿くらいで、他に彼の何かを浮かべられるような材料は無い。ジェスチャーをしようにも彼はあまり身振り手振り何かをするわけではなかったし、そこまでして何かを伝えようとは思っていないらしい。声が出せないのかと聞くと首を立てに振ったがそんな障害なのかと聞くと首をゆっくりと横に振った。こんな無限とも思われるループに嫌気がさしたあたしが少し雨が弱まった隙を見て彼と距離を取り、屋根の下から明るみに出ると彼は眩しそうに目を細めた。

「あたし、行くね」

なんとなく嫌な顔をしたまま帰路についてしまうのが申し訳なくて、最後まで表情を悲しげに歪める顔が頭から離れなくて小さく手を振ってやると彼も胸元までゆっくりと片手をあげて応えてくれた。いよいよ少し走り出したあたしが曲がり角で再び花屋の方に目を向けた時、すでにそこに彼の姿は無かった

前髪の長い長身の彼の顔がどうしても脳裏に焼き付いて離れない。なんだか彼とはまた会う気がしたので、忘れようとかぶりを振って再び走り出した