指輪 | ナノ
 

終わりの音
 

柳がここ最近頻繁に私の部屋を訪れるようになった。これまでは本当に不定期で、月に一度ふらっと訪れて一夜を共に過ごせれば良い方で、もしくはずっと前から約束していた時間以外に私と柳が時間を共にする事は無かった筈だ。それなのにここ一ヶ月、柳は週に必ず一度以上私の家を訪ねてきた。彼女と何かあったのかと彼の綺麗な顔を覗き込んだところで答えを得ることは出来ない。詮索は無用だと言わんばかりのオーラを彼は隠しているようだったのでそれから私は何も聞くこと無くただのんびりと、まるで恋人同士の時間かのような日々を過ごしていた。

お花を受け取って以降、幸村くんには一度だけ会った。どうしてもお礼がしたいという私の我が儘に付き合ってくれた幸村くんは最近出来たホテルのケーキバイキングに行きたいとその色白な頬を緩ませた。男がケーキバイキングなんて変かな、と顔色を暗くする彼が甘いもの好きな私の為にわざわざ調べてくれたのだろうかという事は安易に予測出来たし幸村くんがバイキングに行くほど甘味に固執しているわけでもない事くらい私にも分かったけれど、その好意がどうしようもなく嬉しくて、嬉しくて。柳と一緒に過ごす時間では味わえないような素敵な時間を過ごす事が出来た。

ふとその時の事に思いを馳せ目の前の柳をおざなりにしてしまっていたらしい。既に食事を終え空になった皿にフォークを置いてじい、とこちらに視線を向けている事に気付くにはあまりにも時間が掛かりすぎたのかもしれない。

「名前」
「…ん?どうしたの?」

まるで別人だと、私の脳は直感した。これまで、しかもここ最近は頻繁に顔を合わせていた筈の柳の表情は何年もこの関係を続けていて初めて見るものだった。それはきっと私の知らない柳で、いつも彼女さんの前だけで見せていた優しく柔らかい雰囲気を纏った柳。それでいて、常に抜かりなく相手に徹底した配慮を見せる、男としての柳。今私の目の前にいる柳はきっと、誰かの“彼氏“である柳なのだろう。私といる時はあくまで友達以上なわけで、決して恋人ではない。

だからこの柳を私は、知らない。

それはずっと昔、一度だけでも会ってみたいと思っていた柳な筈なのに、私はその柳には絶対に会ってはいけないと確信していた。

ゆっくりと、私と柳の関係に終わりが近付いているおとがする。柳もきっと、それを分かっているのだろう。


「名前、俺と結婚してくれないか」
「馬鹿な柳、わざとそんな事を言うんでしょう?」


ドライフラワーの飾られたテーブルに共に置かれたお揃いの指輪が、からんと音を立てて床に落ちた事にすら、私達は気付けない



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