指輪 | ナノ
 

次の約束
 

「凄く良かった、ね、名字さん」
「うん、とってもとっても良かった」
「泣いているのかい?」
「感動したの、心にとっても染みた」
「感受性が豊かなんだね。でも俺も、とっても感動したよ」

演奏会はとっても私の心に響くものだった。交響曲、なんて楽しい心の弾むようなものばかりだと思っていた私は自分の知識の浅さに落胆し、同時にその壮大な曲の数々に圧倒され、飲み込まれた。悲しい曲だけに涙が流れた訳ではない。全身の毛が逆立ちぞわぞわと背中を襲う身震いが私を離さない。音と音の調和が生み出す全ての曲に私は、感銘した。私の表現力が貧しいせいでもっとあるであろう表現が出来ずにいるけれど、この気持ちがどうか、この感動がどうか、幸村くんに伝わりますようにと願った。存外、幸村くんは私の少ないボキャブラリーで私の受けた感動の度合いを分かってくれたようで、一緒に頷いてくれた。それがもっともっと嬉しくて私は思わずそうだよね、と幸村くんの手を取ってしまった

「あっ、ごめん…」
「大丈夫だよ、俺こそ、この気持ちを君と共有する事が出来て本当に嬉しいんだ」
「幸村くんって、変わってるって言われたりしない?」
「嫌かい?」
「ううん、凄く素敵」

悲しげに眉を下げる幸村くんはその辺の女の子よりずっとずっと可愛くて、それでも私の言葉でぱあっと花が咲いたように微笑む彼の方がずっとずっと素敵に見えた。なんとなく彼の笑っている顔をずっと見ていたくて一緒になって笑った。演奏ホールの入り口で手を取り合って笑う男女なんて他から見たらきっとおかしいに違いない。だけど人通りがある程度落ち着くまで、私は幸村くんと意味も無く笑った。幸村くんの手はずっと温かかった。

「じゃあ、今日は本当に有難う」
「幸村くんこそ、最後まで有難う。本当に嬉しかった。気を付けて帰ってね」
「うん、それじゃあおやすみ」
「おやす、あ。そうだ幸村くん」

結局人混みに負けて電車ではなくタクシーを選んだ私達はタクシーの中でもずっと今日の公演の話をした。あの曲が、あの指揮者が、ゲストのバイオリニストが、なんて自分の持っているありったけの知識を使って幸村くんと話をするのは本当に楽しくて自分と同じ趣味を持っているひとがいてくれるという事を私は心から喜んだ。受け答えをしっかりしてくれる幸村くんの存在がとっても有り難かった。私の家の前まで一緒に来てくれた幸村くんにお礼をひとこと、再びタクシーに乗り込もうとする彼の後ろ姿を見た私は忘れ物に気付いて慌てて幸村くんを止めた。嫌な顔ひとつせず幸村くんは本当に本当に、優しくて涙が出そうになる。だからせめてものお礼にと、今日デパートを見ている時こっそり購入した小さな箱を彼に差し出した。中身はありきたりなタイピン。私は洒落た事が出来ないから、ハンカチと迷ってこっちにしたのだけれど果たして気に入っては貰えただろうか。箱を手にうつ向いたまま言葉を発しない幸村くんにやはり失敗だったかと思いを馳せるも、どうやら要らぬ心配だったらしい。

「どうしよう、凄く嬉しいよ」
「…え?」
「大切に使わせて貰うよ。でも俺ばっかり貰っていて申し訳ないから、今度ご飯食べに行かない?また連絡するね、それじゃあおやすみ」
「え、あ…おやすみ、なさい」

あまりにも嬉しそうに彼が笑うものだから、彼の言葉を一方的に聞いたまま幸村くんを送り出してしまった。胸に抱いた花束をぎゅっと握り締めたまま、彼が最後に言った言葉だけが私の頭のなかをぐるぐると回っていた



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