指輪 | ナノ
 

ジェントルマン
 

「付き合わせちゃって、ごめんね」
「いや、いいんだ。俺も楽しかったし久しぶりに買い物も出来たしね。それにこれからが、本番なんだろ?」
「時間、遅くなっちゃうけど大丈夫?」
「勿論、俺もクラシック、聞きたかったから」

ちょっとトイレいってくる、なんて言って幸村くんが某デパートのトイレに消えたのを確認し私もトイレへと足を向けた。別に用を足したい訳では無かったのだけれど一応女のたしなみというやつで、もう鏡を見ないで3時間程が経過していた。トイレに備えられた化粧台で落ち掛けたアイラインを修正し、浮き始めたファンデーションを調えて軽くチークを当てる。それだけで私はまた気を引き締める事が出来るのだから単純なのかもしれない。女の化粧直しは、言い方に語弊が生まれるかもしれないけれど機械を直すのと同じだと私は思っている。少し壊れ掛けた部分を直すだけで新品のように生まれ変わり動き出す。さあ頑張ろう、という喝になっているような気がするのだ。だから私は、必要以上の化粧は勿論好まないが化粧という行為自体は嫌いではない。

ある程度整えた後、入り口に設置された大きな全身鏡の前で最終チェックに私は取り掛かる。クラシックコンサート、しかも海外の有名な交響楽団の演奏会となればきっと敷居の高い人達も沢山見に来ている筈。しかも今回は少しだけ奮発して良い席を取ったのだ。だから服装もこの機会に公式の場の為にと小綺麗なカジュアルドレスを揃えた。勿論上流階級の、というか要するに金持ち達のようなドレスなんて着れ無いし日中はショッピングだった為にそこまで畏まったものを選んだ訳でもない。身の丈に合っているといえばそうなのかもしれないが、少しだけ背伸びをしてしまったような服に私は着られているんじゃないかと全身鏡に映る自分とにらめっこをしていても、今さら着替える時間は無い。ぱっぱっとスカートの裾を調え諦めてトイレを出ると幸村くんの後ろ姿を確認出来たのでいつもより少し高いヒールに足を取ら ないよう気を付けながら彼の元へと歩み寄った

「幸村くん」

後ろ姿の彼に声を掛けると、彼はそのふわりとした綺麗な青色の髪を揺らしてこちらに振り向いた。やっぱり絵になる容姿だと関心していた私は、ふと振り返った幸村くんの手に先程までは無かったものを持っている事に気付いた。色とりどりで、且つ黄色やオレンジなどの元気な、それでいてしとやかな花で纏められたものをこうして平素に見るのは初めてかもしれない

「名字さん、良かった。どこかへ行ってしまったのかと思ったよ」
「幸村くん、それ…」
「ふふ、こういうコンサートに来る女性といえば、花束を胸に抱えているものだと思ってね」
「そんなの…」

知らないよ、と言葉を発する前にその綺麗な花束が私の視界をいっぱいにした。思わず受け取ってしまった花束の色と香る甘い匂いに魅入られてしまった私を見た幸村くんは満足したのかふわりと、私が胸に抱く花束顔負けの綺麗な笑顔を浮かばせた。なんてキザな人なのだろうと思う。だけどそれをあまりにも自然にして退けてしまう彼に私は振り回されっぱなしなのが少しだけ悔しくて、満足げに先を行こうとする幸村くんの前に自らの手を伸ばした

「紳士は、淑女をサポートしてくれるんでしょう?」
「喜んで」

私の手を取るスーツ姿の彼に、私の心臓は速く速く打つばかりだった



前へ 次へ

 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -