指輪 | ナノ
 

バニララテ
 

「今日は指輪、つけていないみたいだね」
「…幸村くん?」
「俺とお茶しない?今時間は大丈夫そうかな?あ、これナンパね」
「幸村くんもそんな事言うんだね。…うん、この後は帰ろうと思ってただけだから」

仕事帰りに会社近くの本屋で発売されたばかりのファッション雑誌に目を通していたら後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。実は彼から声が掛かる少し前に周りにいた女子高生達が格好良い人がいる、とか芸能人かな?といった会話が聞こえていたのだが、女子高生はなんでも格好良い可愛い気持ち悪いに分類してしまうくせがあるのを知っているのでたかがしれている、と思っていたのだ。だから手に取っていた雑誌をそのまま胸に抱き抱えレジに向かいながら心の中で女子高生と幸村くんに謝った。ごめんなさい、本当に格好良い人でした。未だあれ彼女?と言った会話を続けている女子高生に再び心の中で否定と謝罪を繰り返しながら無事にレジで購読中のファッション雑誌を清算し終え、待たせている幸村くんのところまで行くとあの日見た笑顔で手を振られた。どくん、と私の心臓が高く鳴いた気がしたのはきっと私が柳以外の男性にこうして待っていて貰うのが久しぶりだったから。それに、柳もだけれどこんなに綺麗な人が同世代、それも同い年だとは到底思えなかった。幸村くんは今も昔も、変わらずとってもきらきらしている

「ねえ名字さん」
「うん?」
「俺さ、ずっと立海にいたのに全然名字さんの事知らなかったんだよね」
「ああ…でも仕方無いよ、私目立つ方じゃ無かったし、テニスとかも興味なかったし、それにテニス部って皆のアイドルだったから」
「それを本人に言っちゃうんだ」
「もう時効、でしょ?」

そう言って自然と沸き上がった笑みを幸村くんに向けると幸村くんは一瞬目を見開いた。しかし何か悪いことでも言ってしまったかなと私が眉を寄せてしまう前に、幸村くんはまたふわりと笑みを浮かべた。温かくて、部活では鬼のようだったという柳の話が作り話なんではないかと思うほど優しい笑みに、私の心臓は鳴りっぱなしだ。結局ご飯をご馳走になって、そのレストランの近くにあったカフェで同じラテを注文しこうして隣に座っていると、自分の世界を見失ってしまいそうになる。ふとそんな事を考えてしまう自分が嫌で、気を紛らわす為に手を温めていたマグカップに入ったバニララテを口につけた。喉を通って落ちていくその味はほんのり苦くて、でもとっても甘くてまるで、

柳みたいだ

「名字さん、今柳の事を考えていたね?」
「え?」
「ふふ、いいんだよ、今はね」

くすくすとおかしそうに笑みを浮かべる幸村くんは相変わらず綺麗だなと見惚れてしまいそうになったけれど、彼の言った言葉の意味が分からず首をかしげてしまった。 それでも理由を教えてもらう事は叶わずそのまま幸村くんと解散することになった。終始笑顔だった幸村くんに見送られて駅までやってきた私は定期を取り出し駅の改札を潜った。電車を待つ途中、突然ポケットに入れていた携帯電話のバイブレーションが震えだし冷たい空気に触れながら赤くなっていく指先で通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは安心する音だった

「もしもし、柳」



前へ 次へ

 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -