謳歌 | ナノ

「は、馬鹿じゃねーの最悪!」
「名字!口の利き方がなっとらんぞ!」
「あサーセン真田と今年も同じクラスで吐くくらいウレシイヨ」
「具合が悪いなら保健室へ行け」
「そういうガチ解答が人を苦しめるって知ってる?ねえ、知っててやってるんだよね?」

卒業式なんて行事も無事に終え普通にバイトに明け暮れた春休み終盤、離任式なんていこれまたふざけた行事で特になんの思い入れも無かった教師の泣きながらの挨拶を全て寝て終え、ホールに掲示されている唯一の楽しみであるクラス替えの表を見に来た私は横にいる本人を前にして普通に素のままの感想を口走ってしまった。高校のクラス替え程楽しみな行事はない。しかも一応高校三年にあがるという事は人生できっとこれが最後のクラス替え。最後の年を誰と過ごすのかと緊張半分に自らの名前を探すとソッコー見つかってしまった。あんだけクラスがあってまさかのA組。同じクラスには昨年と変わらない真田、柳生。そして引き換えに仲の良かったクラスの子と離れる私。くっそ文系だったのに変えやがったなとヘラヘラ笑っている友人に殴り掛かるとどうやら友人は好きなひととクラスが同じだったらしく私が何を言っても嬉しそうににやにやしていた。最後の最後まで堅苦しいコンビと同じだなんて死んでしまいそうだと項垂れていると中学の時とても仲の良かった子と同じクラスになっている事に気付き小躍りをした。可愛いんだよなあ、なんて思いながら他のクラスメートの名前に目をやるがこれといって分かる人物がいない。

「柳生、生徒会の力でこのクラス割りなんとかしてくんない?」
「日頃の行いを見直すいい機会になるかもしれませんね」
「ねえ本当に紳士とか言われてんのあんた、自称でしょ?自称なんだよね?」
「名字!二度同じ事を繰り返すな見苦しい!」
「見てて苦しいなら見なきゃいいじゃん私も真田見てると息苦しい」

嫌だ嫌だと溜め息を漏らすと真田は顔を真っ赤にしてカンカンに怒ってしまった。これだから冗談の通じない人は嫌だ。柳生に頼み込んだところでどうにかなりそうにもないクラス割りをもう一度端から端まで隈無く見やった後、諦めて帰ろうかと床に無造作に置いていたスクール鞄を手に踵を返した。この後部活がある生徒達はそれぞれの活動に移るらしいのだけど生憎帰宅部の私には縁の無い話。さっさと帰宅して教育テレビで放送されるアニメを見なければと私は未だ何か言い足りなさそうな真田と柳生を無視し玄関に向かった

「おい」
「…はい?」

下駄箱の前で今回のクラス替えの結果について騒ぎ立てるなんとなく見たことのある他の生徒の間を抜け自分のローファーがしまってある下駄箱の前まで辿り着いたところで、不意に今まで聞いた事の無い声が飛んでくるのを聞いた。もしかしたら他の誰かに喋ったのかもしれないがその声が紛れもなく私を呼んだような、そんな変な確信が振り向かせた私の目に飛び込んできたのは、長身で細身の、顔立ちの整った男子生徒だった。私を見ているのだろうか、開いているのか閉じているのかも分からない程細目の生徒に返答するとその男子生徒はやはり私を呼び止めたらしい、一歩、また一歩と私の方へと近付いてきた

「名字名前、3年A組」
「は、はあ…」
「これはお前のだろう?」

何故私の名前と新しいクラスを知っているのかと聞く前に、目の前の男子生徒は突き出すように私に茶色い手帳のようなものを差し出した。見覚えのある小さな黄金比を画くその手帳、この学校の生徒であれば誰もが手にしているそれは紛れもなく私の生徒手帳である。そうかそれで私の事を、と手を伸ばして一度止まった。それはもう今日で期限が切れてしまうのだから棄ててしまっても良かったのにと思ったからだ。こんなものを思い出の一貫として保管する趣味も無い私は受け取ろうか躊躇した後それをブレザーのポケットにしまい込んだ。律儀な生徒である、と私は考察するが実際自分に関わる以外の生徒に殆ど興味が無いためそんな事はどうでもいい。とりあえずお礼をと頭を軽く下げるとふっと鼻で笑われてしまった。おいおい失礼な奴だな

「ありがとう、ございます。助かりました」
「今日でこれはただの紙屑になるのに何故わざわざ届けたのだ、とお前は思っている」
「…まっさか。だってこれ写真付きだし、校内パスポートみたいなもんでしょ?」
「随分面白い表現をするんだな」
「個人情報の固まりだって言いたかっただけなんすけどね。喜んで貰えたなら光栄光栄。それじゃあ」

え、読心術こわっ!なんて絶叫したくなるのをおくびにも出さず名前も知らない彼に軽く手を振り高い位置から落とすように置いた揃わないローファーを足でたぐりよせ足を通すまでその男子生徒は私をじい、と見ていたがあえて気にせずそのまま昇降口を通過し校門を抜けた。あの変に理屈っぽく人を探ってくる男子生徒は誰なのだろうと自転車置き場で自分の愛車の鍵を解除しながら考えるも浮かぶ答えはどれも不正解だろう。結局アニメに間に合わず溜め息混じりに自室で私服に着替えている時に私はやっと、今年までの生徒手帳ごときじゃあ私の3年のクラスまでは知り得ない筈だという事に気が付いた。何故あの生徒は私の新しいクラスを知っているのだろうか。

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テーマ「人外ファンタジー」
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